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年上
突然、ガラッと入り口が開いたので、てっきり王が戻ってきたのかと、未来は顔を上げた。
すると未来が片付けようとしていた、トレイに載せた二つのグラスを、入り口に立っている青島が睨みつけているところだった。
「早かったですね。」
未来は驚いて、つい、そう口走った。
「早く来ちゃ、何か都合の悪いことでもあったか?」
青島の不機嫌そうな様子に、未来は戸惑いながらも首を振った。
「いえ。どうぞ、座って下さい。コーヒー入れますね。アイスとホットどちらがいいですか?」
「ホット。」
尚も憎たらしそうにグラスを睨みながら、素っ気ない返事が返ってきた。
アイスコーヒーを飲んで体が冷えてしまっていた未来は、内心、良かったと思いながら部屋に入った。
ホットコーヒーが出来上がるのを待つ間、青島へ改めてお礼を言おうと、未来は事務所に戻った。
「社長、昨日は本当にありがとうございました。
プライベートなことまで、ご迷惑をお掛けしてすみません。」
未来が頭を下げてから、青島の表情を伺うと、相変わらず不機嫌そうに未来を見ている。
どうしたのかと、未来が尋ねようとしたところで、青島が口を開いた。
「聞きたいことがあるが、とりあえずコーヒーだ。」
「はい。」
未来は訳がわからず、慌てて奥に戻った。
あんな青島は珍しい。
仕事で厳しいところは多々あったが、感情をあらわにして不機嫌が顔に出るなど、滅多になかった。
未来の姿が奥に消えて、青島は大きく息を吐いた。
そして無意識に、膝を小刻みに打っている指に気がついて、首を振った。
未来がコーヒーを持って行くと
「すまない。」
と先程とは打って変わった普段通りの青島の様子に、未来は拍子抜けした。
しかし、その一言がコーヒーに対する礼なのか、文字通り、自分の態度を詫びるものなのかは、わからなかった。
コーヒーに口を付けたところで、青島が切り出した。
「道田と別れる理由は、あいつじゃないよな?」
未来は、何を言われているのか、わからなかった。
「田村の所で働いている、留学生だよ。」
「王くんのことですか?まさか!違います。」
「それにしては随分と親しいんだな。昨日も今日も一緒とは。そんな泣き腫らした顔も見せられる仲なのか。」
青島の口調は、嫌味を含んだようになり、未来はまるで見当違いな言われように、思わず立ち上がって声を荒げた。
「なんなんですか!来るなり不機嫌で、勝手なことを言って。そんなことを言うために来たんですか?」
未来の剣幕に、知らず知らずのうちに、感情的になっていたことに気がついた青島は、謝ろうとしたが、未来の怒りは収まらない。
「王くんは、上に住んでるんです!あのお店で働いているのも昨日、初めて知ったんです!あんなとこ見られて、挙句に泣いてるのも気づかれちゃって。」
まくしたてるように喋った未来の手は小さく震えて、目は潤んでいた。
「今日だって、心配して顔を見に来てくれて…。」
こぼれ落ちた涙を隠そうと、両手で顔を覆った未来を、次の瞬間、青島は抱きしめていた。
「すまない。感情的になった。」
自分の腕の中で、肩を震わす未来は、あまりにも頼りなく小さく、青島の心を揺さぶった。
やがて、泣いている未来の頭を撫でながら、子どもじみた嫉妬心にかられ、それを隠せなかった自分自身に唖然としていた。
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