僕の村のローレライ

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「………もう100年も前の話さね。昔は、茶色い髪のエルフは市場価値が低くてね。売れ残っちまった子を引き取って、ああやって、川で竪琴を弾かせてるのさ」  僕の村の水が美味しいと評判なのはこういうわけらしい。  大きくたわんだ柳に何本も弦を張ってある竪琴に、鍵のない金の鎖が手首と足首を拘束している。足先を村の水源に浸しながら、名前もないというエルフが一人静かに歌い続ける。 「食事は?」 「そりゃ与えてるさ。でも、食べてくれなくてねえ、100年もずっと、水だけで生きてる」  この曲が終わったら、我が家自慢のパンを差し出そう。食べてくれるだろうか。  そっと近寄って、パンを差し出す。  すると茶色の髪の彼女は、戸惑った様に、思わず金の鎖でとらわれた細い足首と手首に視線を落とす。  丸で、『あとほんの少しで』鍵のない金の手枷足枷からするりと落ちてしまいそうな程に痩せて細くなった、細い足首と手首。  そういうことか、と僕は思わず納得する。そして、言った。 「………美味しい木の実は、そこの茂みにいっぱい成ってる。滋養が豊かで、あっという間に元気になれるやつさ。僕も風邪を引いたりした時に、よく食べさせて貰ってたっけ。そう、すぐに、元気になれる」  思わず息を付いて、囁く。 「美味しいパンがつくれるのは、ここの美味しい水のおかげだけど、もっと自由な味のパンを、どこか別の村で作って見るのも悪くないなあ……」  そしてそっと笑って付け加えた。 「それで、君みたいな人に、いつか毎日お腹いっぱいになるまで食べて貰うんだ」  それから1ヶ月後、突如として水源に囚われていたはずのエルフは消え去っていった。それよりも少し前にパン屋の息子は独り立ちし、村を出て、商いを始めているらしい。    そして、彼の小さな出来たての小さな店に一番やってきた茶色の髪の女は、今ではふくよかで陽気で、耳まで隠れる大きな帽子の上に焼きたてのパンを乗せて、店先で明るく歌う「パン屋の奥さん」になったそうだ。  彼の故郷の水源がどうなったかは、推して知るべしである。
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