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乱雑ながら優しい彼の言葉に私は素直に頷く。
「ありがと。でももう上杉のことは何とも思ってないから。全然、相手にされてなかったし、ただの子供の頃の懐かしい思い出だよ」
それは本心だった。少なくとも私自身はそう思っている。だがちくりと胸が痛んだ。婚約者への罪悪感から生まれた痛みではない気がした。
「おう。分かった。信じる。んじゃ帰ろ」
元エースストライカーは神妙な顔であっさり結論を出すと、私の手を強く引いて混雑した駅構内を歩き出した。飼い犬のように引きずられて彼を追いかけながら、私はしみじみと思い出す。ああ、そうだ、スピードと強靭なメンタルと勢いだけの、この強引な点取屋が私は好きなんだった。
「いっちゃんって馬鹿だよ。浮気とか疑わないの?」
私を信じると言ってくれた彼の優しさと愚直さに私は泣いてしまいそうだった。いっちゃんは歩調を変えずに私を振り返り、困惑気味に顔をしかめた。
「はあ?浮気?武田も上杉もそんなことしねーだろ。つーか、上杉なんか俺の敵じゃねーし。俺はキーパーとの1対1じゃ負けたことねーからな」
学生時代、駆け引き上手な上杉と勝負して負けているのを何度も見たけどなあ。ツッコミは心の中に留め、私は声を立てて笑った。
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