源頼光-RE;birth- 序  その2

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源頼光-RE;birth- 序  その2

すっかり日も暮れ、多くの人々で駅前は賑わっていた。家路に着こうとする者、電車に向かおうとする者、多種多様だ。そして、  「ん?おーい!」  待ち合わせ場所である芸術的な像の前で、その人物は大きく手を振っていた。  待ち合わせ人物は二人。    手を振る人物はとんでもない美女だ。女の私から見ても可愛すぎる。姫カットのロングヘアに顔はロリータフェイス。おまけにスーツ姿からでもわかるくらいに胸もでかい。大きく開いた胸元には白い真珠のネックレスが胸の隙間から覗き、そのせいか多くの男性が彼女の方に思わず目をやってしまう。  もう一人の人物は四十代くらいの男性だ。ぼさぼさ頭にだらしないスーツ姿。タバコを咥えており、 私達を見てふーっと白い息を吐いた。   「ごめんごめん、ちょっと遅れた」  と、満仲さん。  「いいよいいよ、私達もそんなに待ってないし。ねー」  これまた可愛らしい声で女性は言う。  うん?今、誰かに聞いたのか。もう一人のスーツの男にか。  「そうだね。全然大丈夫だよ!」  と、元気いっぱいの男子声が聞こえた。  「え?」  思わず声のした方に目をやると……そこにいた柴犬と目が合った。  「ん?どうかした?」  「…」  「?」  「う、うわああ!!い、犬が喋った!??」  巨大な数珠をぶら下げた柴犬が首をかしげる。  「犬が喋っちゃ駄目?」  「いや、いやいやそういう問題でもないし…」  私は夢でも見ているのだろうか…  「まぁまぁ、とりあえず…二人ともお腹空いてない?」  「え、ええ、まぁ…」  「じゃあ、早速何か食べに行きますか!」   *  「末っちは外で待っててねー♪後で美味いドッグフード買ってあげるからねー♪」  「はーい」  柴犬――卜部末武は答えると、律儀にファミリーレストランに上がる階段の下でちょこんと座り、安心して私達は入店した。窓際の席に案内された私達は早速メニューを開く。  「二人とも安心してね、今日はぜーんぶ私の驕りだから!」  「そいつは嬉しい。なら遠慮なく…」  「え、えーと…」  「俺はコーヒー。飯はいいや」と男。  「なら、俺はこのハンバーグセット」  「私はこのステーキセットにする。綱ちゃんは?」  「…私も同じ物を」  「すみませーん」  店員がやってきて注文を聞き、去っていき、早速、目の前の美女から会話が始まった。  「じゃあ、改めまして。私は安倍晴明。名前の通り、陰陽師・安倍晴明の"真祖”です。皆から晴明さんって呼ばれてます!よろしくね!」  道中、一応は自己紹介は軽く済ませていたが、再確認の意味も含めて紹介しなおす。  「…はじめまして。渡辺綱です。同じく頼光四天王筆頭・渡辺綱の"真祖”です」   続いて男が答える。  「こちらもはじめまして。源満季です。綱ちゃんの隣の満仲の弟で刑事だ」  「刑事さん!?凄いですね」  「はは、そんなに凄い者じゃないさ。悪い、タバコ吸って良いかい?」  「ええ、どうぞ」  満季が懐からタバコとライターを取り出し、吸い始める。  「満季、こないだから吸いすぎだぞ」  満仲さんが釘をさした。  「わかってる。わかってるけど止められないんだ。何分、事件が多すぎてな」  「事件…」  「そう…"妖怪絡み”の事件がね…」と、晴明さん。  妖怪絡み…そう、私達の世界では普通に非人間が事件を起こす。  非人間…人知を超える能力や存在そのもの。それが妖怪だ。その存在は動植物に人間の姿をした物まで多岐にわたり、その性質、人格、対処方法に至るまで何百種類も存在する。断言はできないが、古代から現代に至るまでの歴史の中で生まれる存在であるが故に、バリエーションも豊かで、そして何故か生まれた歴史が古ければ古いほど強い物になる傾向が強い。  「今、日本全土で様々な妖怪達があちらこちらで事件を起こしているわ。それも動物タイプの妖怪が多いみたいね」  「一体、何が起こっているんだ?」と、満仲さん。  「それはこっちが聞きてぇよ。一応、俺達警察も対応しているが、数が少ないもんだから対応しきれない」  確かにそうだ。大概、怪異による事件は日本全土で年々減少の一途を経っていた。せいぜい一年に二、三十件程度だったのだが、いきなりその二倍の六十件、いや、私達が知らないだけでもっと増えているらしい。  警察にもそういった怪異に対応する部門があるが、やはり対応に時間が割かれている。基本的に事件を起こすのは驚かされた、または取り憑かれただの、言い方が悪いが"軽い”事件だった。しかし、 さっきの口裂け女のように人を襲い始める事例が頻発している。  「年々少なくなってきていたのにいきなり急上昇なんてどう考えてもおかしい」と満仲。  「そして今、日本で一番事件が多いのがココ、治安市よ」  治安市。首都圏から少し離れた内陸部に存在する日本の町。詳しくは私もわからないが、何でも縄文時代の遺跡が発見されてることから古くから町としての機能されていた、歴史ある町だという。  確かに、妖怪は人間と古くから関わってきたためか地方を問わずに歴史に左右されやすい。時代が、歴史が古ければ古いほど出現率は上がる。にしても…  「日本全土の事件の半分がこの町って、どう考えてもおかしすぎる」  「その、やはり町全体の歴史が関係しているのでしょうか?」  「確かに、この町は平安時代からあったらしいからその線はあるだろう。だが」  「それとは違う、別の何か、という線ね。後は…」  「"予言の場所だから”か…」  満仲の一言に全員が我に返った。  「"転輪聖王”の"予言”…」と、私。  "転輪聖王”。それはこの世界における絶対的"存在”。天地神明の支配者にして、人間の生き死に…こと"運命”は彼の手の中に存在する。私達"真名"は予め彼によって"運命が決まって”おり、その束縛から逃れられない。  その名前がちゃんとした文献に登場するのは飛鳥時代になってからだが、"予言”と称する"回避不可”のイベントを国の指導者や英雄を媒介として述べ伝え、人々を裏の世界から支配してきた。その力は戦後をえても健在というのがまた恐ろしい。  今回の事件も一昔前に妖怪と人間が大きな戦争をした後に彼から言い伝えられ、今回もやはり"回避不可の事象、事件”として起こることが既に周知の事実となりつつある。  「今回のこれも平安時代から伝えられてきた"事実”…」  「言い伝え通りですよね…何でしょう、私はついにこの日が来た、と思ってますよ」  それに対して満仲さんが横目で見ながら言う。  「そうだよね、綱ちゃんは先祖代々、この日のために戦士となるように育てられてきたもの」  「もう一度確認しますけど、満仲さんのお子さんは本当に知らないんですか?」  「…ああ」  「…」  「え、頼光君だっけ。本当に知らないの?たしか、"予言の戦士”の中に入ってた?んじゃないの?」  「ああ…本当に知らない。確かに、言い伝える前に訓練のような物もさせていたが、途中で息子が挫折したのを機に、何も知らせないように育ててきた」  「お子さんを死なせたくないから、ですよね」  「…」  沈黙で本心が更に強調された。  「と、なると」晴明さんが口を挟む。  「やっぱり私達と、後から参加する面子でこの事件を解決しなくちゃならない、ってことになるよね」  「…」  「…」  「…」  二度目の沈黙は重い。が、  「ま、でも、なんとかなるっしょ!!」  それを振り払うように晴明さんが笑顔で断言した。  「私達である意味で足りてるもん。陰陽術の魔法使いに、武器を持った四、五人だよ!何とかなるに決まってるじゃない!」  それに満季がふーっと白い息を吐いて答えた。  「確かに、なんとかなるっちゃなるな」  「俺もいるしな」  「そうそう!ね、綱ちゃん!」  「…ええ」  その時、外で悲鳴が聞こえた。  「ん?」  窓際にいた満仲さんが外を見やると…そこに妖怪と、それに襲われる少女がいた。  「妖怪だ!」  少女のほうは十四、五歳と、私と同じくらいの年齢だ。それにのしのしと近づく怪物は身長が二メートルくらいある巨大な猫だ。爛々と光る目に、二又に分かれた尾を振りながら今か今かと前傾姿勢を取っている。  反射的に飛び出そうとした背後で更に着地音が響いた。  もう一匹現れたのだ。二頭目の巨大猫は一匹目よりも一回り大きく、頭に角が三つ生えており、更に二又の尾の先が燃えていた。  今度こそはと私は駆けた。すぐに店を飛び出し、地上に降りる階段を飛び越えるように下りると、すぐに二頭と少女の間に滑り込むように立ちふさがった。  ふおー、ふおーと肩で息をする二頭の猫。  抜刀し、二頭の顔に切っ先を突きつける。  背後で少女の荒い息遣いが耳に痛い。  じりじりと距離を縮めようと足を小さく滑らせる。その時、 わん!!  犬が吼えた。  それと同時に金色に輝く弓矢の矢が一頭目の猫の頬に突き刺さった。  反射的に振り向くと、そこには犬――卜部末武がいた。しかし、ただの姿ではない。犬の身体から半透明で黄金に輝く侍…侍烏帽子に胴丸、腰には太刀、背中には大量の矢を担いだ老人が出現し、こちらに向けていまかいまかと矢を引き絞っていた。  「綱ちゃん!」  思わず振り返ると同時に重いそれが投げられた。思わず反射的にそれを手にすると、それは新しい"妖刀”だった。しかし、今までと違うのは長めで下に向けて刃が沿っていた、初めて見た刀だった。  「そっちを使いなよ!!」  満仲さんが叫ぶ。何でだろう、今まで使ってきた刀ではなくこちらの方が良いと判断した私は持っていた刀を捨て、下から斬り上げるように抜刀した。  その瞬間、どくん、と心臓が高鳴った。そして、全身に電流が走ったような衝撃が襲った。なんだろう、この感覚は。心臓がバクバクする。でも、この感覚はどこかで味わった懐かしさがある。  何だろう、これ。これは…  「来るぞ!」  我に返ったと同時に猫が飛び掛ってきた。とっさに防ぐと、それに猫は体重をかけて拮抗状態に持ってきた。猫の両手が刃にめり込む。だが、そこに吼え声と共に猫の目に矢が突き刺さった。仰け反るの見逃さず、腹目掛けて横凪に刃を振るった。  猫は一瞬、腹をへこませその攻撃を回避するが、好機と見た私は更に追撃する。しかし、そこを別の猫が攻撃してくる。それを瞬間的に気づいた私はそれを剣で弾くも大きく吹っ飛ばされた。  「きゃっ!」  ごろごろと転がる私に目掛け、猫二頭が飛び掛る。その瞬間、再びどくん、と心臓が大きく鼓動した。こんな時に。が、それは杞憂に変わる。  「え」  身体が独りでに追撃してきた攻撃をしゃがみこみ、地面を疾走し、かわしたのだ。これは我が一族に伝わる武道のワザだが、まさかこのタイミングで、しかも自動で発揮されるとは夢にも思わなかった。  「すごい、何、今の」  「綱ちゃん、片付けるよ!」  「う、うん!」  急ぎ構える。と、同時に二頭が一気に飛び出してきた。それを先ほどと同じく回避しながら刃を次々に滑らせていく。そこに卜部の矢が吸い込まれるように放たれるように、何本も突き刺さる。  次々と私と卜部の繰り出す技に、敵は次第に攻撃が遅くなり始め弱くなってきた。  そして…  「今だよ、綱ちゃん!!」  「はぁ!!」  角の生えた猫のパンチが遅く襲う。しかし、それを潜りながら飛込み、袈裟懸けに切り落とした。  ふやぁぁぁおん!!  角の生えた猫が絶叫し、たたらを踏んだ。が、それに変わるようにもう一頭が襲い掛かる。背後からのその攻撃に私はついていけない。まずい、と思った時、   「もうやめて!!」    襲われ、へたり込んでいた少女が叫んだ。刹那、少女の身体から電流が走り、襲い掛かる猫に凄まじい速度で走らせた。  ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!  猫の断末魔が木霊し、一気に真っ黒こげになった。そして、倒れたと同時に猫の身体は突然発火、一瞬で燃え尽きはじめた。  妖怪は他の生物と違い、死体を残さない。死ぬと例外なく燃え、火の粉になって消滅する。  まずは一頭。残るは…  残された角の生えた猫は同輩がやられたのを見ると、適わないと判断し、すぐに高くジャンプし、他の建造物を踏み台にしてはね続け、逃げた。  小さく安堵すると、そこに生えていた侍を消した卜部がやってきた。  「大丈夫?」  「ええ、おかげさまで。あ、そうだ。あの子は――」  肝心の少女はきびすを返し、その場を走り去った。  「あ、ちょっと!…行っちゃった」  「逃げだしちゃった」  「しかし、今の女の子は一体…全身から電流を出してたけど」  「綱ちゃーん!」  戦闘が終了した私達に、大人三人が階段を下りながら近寄ってくる。  「すごい、すごいよ!綱ちゃん強かったんだね!!」  「あったぼうよ!俺のパートナーだからな」  「げんきんなやつだな…」  全くだ。ついでに釘もさしておこう。「満仲さん、少しは手伝ってくださいよ」  「はははは!!」  しかし…  「何なんですか、この刀。妖刀ですよね。今まで握ってきたどの刀とは全然違うような…なんだが懐かしい感じが…」  「そりゃそうだよ。その刀は元々は君の刀なんだから」  「はい?」  「うん」  「私の刀ってどういう――」  「それはね、君の前世、渡辺綱の愛刀さ」  「え…」  「妖刀の名は"髭切”。妖怪と戦うんだ、それ位サービスさせてくれよ。"真祖”がそれを握ったからには今まで以上にハイスペックに戦えるぞ!」  「あ、りがとうございます…」  礼を言うと、改めて刀をまじまじと見た。確かに怪しい雰囲気と懐かしい雰囲気が混濁している。見れば見るほど魅了されそうだ。  「あれ、あの子は?」晴明が辺りを見回す。  「ん?」  「見あたらないな」  「それなら逃げましたよ」  「逃げたのか…無事だと良いんだが」  「しっかし、あのレベルの妖怪が普通に暴れていると考えるとちょっとぞっとするね…」  晴明の言うこともあながちハズレではない。あんな猛獣クラスが敵になると対応は難しい。一人だけじゃなく、やはり我々"真祖”の、選ばれた戦士が必要になってくるだろう。  「…難しいな」  「…そうですね」  「なぁーに、大丈夫でしょ!さっきの綱ちゃんの戦いっぷりを見たけど、あれなら全然大丈夫!!わーっはっはっは!!」  晴明さんのこの自信は一体どこから湧いて来るのだろう…でも、まぁ、武器によるスペックの上昇に期待するならば、案外何とかなるのではという期待がある。後はやはり人数だ。ただでさえ人不足なのに、私、満仲さん、まだ実力がわからない晴明さん、犬の末武のみ。後から来る面子を足せば心強いが、それらが戦闘に適していなければ恐怖だ。  一体どうなってしまうのか。先行きの見えない未来に思わずため息が出た。
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