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「名前から疑っていたのですか。本名ですよ。黒瀬豊、32歳独身の探偵です」
「ふ~ん……そういう役みてぇ」
「……胡散臭いということですか?」
「様になってるってことだよ。星野良太じゃなくてお前に主役取られたんだったら、もっと納得できるのになぁ」
褒めるついでに愚痴ってしまった。
こんな時に愚痴なんてと反省していると、翔太を抱き締める腕にぎゅっと力が入った。なんだ、急に積極的だななんて思っていると、黒瀬はすぐに離れていった。
「今日はもう、帰ったほうがよさそうです」
「……なんでだよ」
「我慢がきかなくなりそうなので……」
我慢なんてするなよ。喉まで出かかった本音を飲み込む。
純愛ごっこに付き合うと決めたのだ。
「わかったよ。今日のところは帰してやる」
黒瀬は立ち上がってビジネスバッグから名刺を取り出すと、その裏にボールペンでなにやら書き込んでから手渡してきた。並んだ数字は携帯の番号だった。
前向きな行動にほっとする。
玄関まで見送ると、黒瀬は最後に爽やかな笑顔を見せて、「連絡しますね」と言ってドアを閉めた。
翔太の番号は教えていないが、教えなくても知っているのだろう。
(もっと、名残惜しそうにしろよな)
ドアの向こうから気配が消えて、防犯効果が不安な鍵をかける。
いつも通りの一人暮らしの室内へと振り返ったところで、「あっ」と声を上げた。
「あいつ、カメラと盗聴器そのままにしていきやがった!」
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