◇ 第壱話:匣ノ怪 ◇ 

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 ◆ ◆ ◆  久しぶりの早起きに、未だ寝ぼけた頭は眠さしか訴えない。大学方面へ向かう電車が来るまで、まだ時間がある。  暇を持て余した俺は、何度もニュースアプリを立ち上げては閉じることを繰り返す。特に変わったことなんてない。  ふと視線を気配を感じてスマホから顔を上げれば、向かいのホームに立つ若い女性と視線が合った。  確かに目は合っている。それなのに、どこか視線が合っている気がしない。感情の消え失せた空虚な瞳に、なんとなく違和感を感じた刹那。  おもむろに、その細い身体が前方へと投げ出された。糸が切れたように、ホームから線路へと倒れた身体に、柔らかそうな長い茶髪がふわりと背中で踊った。  そこから先は、言わずもがな。通過するはずだった急行電車に轢かれて、線路に落ちる寸前だった肢体はグシャリと押し潰された。飛び散る血液と肉塊。金属同士が擦れる、悲鳴にも似た甲高いブレーキ音。 『…………』  視線を逸らすこともできず。ただ硬直して、息を呑んだ。一言も声は出なかった。  朝一番で、スプラッタ映画ですらモザイクのかかる光景をモロに見ることになるなんて、いったい誰が想像できただろうか。
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