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次第に遠退いていく電車の音を背後で聞きながら、一歩間違えれば、俺が危うく死体になるところだった現実に、別の意味で冷や汗が流れた。
なんとか冷静さを取り戻して辺りを見渡せば、いつもと何ら変わらぬ穏やかな朝の風景が広がっていた。スーツ姿の男性は渋い顔をして電車を待っているし、女子高生はキャイキャイと友人たちとお喋りに夢中になっている。
ホームに人が落ちたなんて、誰一人として騒いでいない。普通に考えて、目の前で電車に跳ね飛ばされた人間が居れば、この場は阿鼻叫喚の大騒ぎになっている。
むしろ、電車も来ていないのにフラフラと歩き出した俺を、周りは奇異な目で見ていた。もっとも、すぐにその視線は、興味を失ったように離れていったが。
そこで初めて、電車に飛び込んだ彼女がもう死んでいる存在だと理解して、顔を覆った。完全に黄色い線を越えた両足は、完全に無意識で動かしていた。
背後から俺の行動を咎める声が無ければ、果たしてどうなっていたことやら。先を考えるだけ、末恐ろしい。
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