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絶え間ない足音。雑音じみた話し声。広告塔から流れる音楽。電車の発着を知らせるベルの音。イヤホン越しにも届いてくる、ざわめきが耳障りだ。
ポケットに突っ込んだ手で音楽プレーヤーの音量ボタンを探り当てると、小さめに設定していた音量をこれでもかと言いたくなるほど上げる。人様に迷惑のかかる電車内じゃあるまいし、音漏れの心配はしなくて良い。
不意に。視界の端をかすめた影に、ぴくりと眉が跳ねた。何かが此方を見ている。明らかに人を逸脱した形状のモノは、数歩分離れた場所に立ち尽くしたまま、俺の様子をじっと眺めている。
ユラリ、と暗い影が揺らめく。まとわりつく粘着質な視線が煩わしい。至って平静な表情を装いながら、逃げるように目蓋を落とす。それが最善の選択肢だ。今の摩耗した俺の精神で直視をすれば、生気を根こそぎ持っていかれかねない。
アンタ、もう死んでるよ。鏡で自分の姿、見てきたら良いんじゃないのか? どれだけ内心で謗ったとて、相手には一ミリも届きやしない。
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