◇ 第壱話:匣ノ怪 ◇ 

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 此岸から切り離されて、彼岸の者の仲間入りを果たした時。死者と現世を繋ぐ糸に、小さな綻びが生じる。  かろうじて繋がっているその糸は、四十九日をかけて、どんどん細く脆くなっていく。そして、最終的に。ぷつんと音を立てて、二本にちぎれる。  此岸と彼岸。もしくは、現世と常世。生者の世界と、死者の世界。魂の欠けた人間は、現に留まることを許されない。それは、この世界の理に反する。  四十九日の間に彼岸へと旅立とうとせず、死んだことを自覚しなかった人間の末路は悲惨だ。一度現世に執着してしまえば、行き着く先は地獄。  人間の形を徐々に無くして、それはもう吐き気を覚えるほど。見るに堪えない姿になっていく。  目に映るすべての光景を拒むように目蓋を閉じれば、少しは鬱陶しさがマシになった気がした。イヤホンを通じて流れる、爆音の音楽で意識を強制的に逸らしながら、ゆるりと思考の海へ沈む。  俺こと、神無木(かんなぎ)蒼波(あおば)の瞳には。  幼い頃から他人の瞳には映らない、人非(ひとあら)ずモノが視える。
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