学校に行きたくない女の子の話

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 勿忘草(わすれなぐさ)という名前は聞いた事があっても実物を見たことはない。  それどころかどんな見た目の花かも知らなかったので、それはさすがに日本人としてまずいかな?って思って  Google検索で見た勿忘草の写真は、私にはどこがいいのかさっぱり分からなかった。 ----------  朝に起きると朝だから学校へ行かなければならない。  朝というのは学校に行く為だけにある時間帯なのかと思う程に  朝は学校の準備の為にあった。  布団を畳むのだって、トーストをかじるのだって、着替えるのだって  全部学校に行く為の順路なんだ。  玄関の扉に取っ手が付いてるのも学校に向かう為なんだろうし  いつも軒先で打ち水をしてるおじさんは  私がちゃんと学校に行くように監視しているのだろう。  何もかもが私が学校に行くよう誘導しているのだ、きっと。  あーあめんどくさいな  学校行ってもそんなに仲の良い友達もいないし  面倒なだけでちっとも楽しくないのにね。  それでも私は今日も学校に行く。  なんてかっこいいんだ…… ----------  みたいな事を考えていると知らない間に学校に着く、っていうのがいつもだけど。  今日は違う。苦しい。足が重い。上手く前に進めない。  無理に急ごうとしたら息切れもするようになって、ついに私は足を止めてしまった。  どうしようって焦った。焦ったけれど。  同時に、もう学校行かなくていいやって思う自分が居て、それがあまりにも大きい存在である事に驚く。  学校に向かうのが辛くて、目眩がした。  私は学校に行くのをやめた。  かと言って家に帰るのもお母さんに言い訳するのが面倒くさいし私はいつもの通学路を違う所で曲がってみる。  そば屋さんがあった。瑞穂(みずほ)と図書館で一緒に勉強する時はいつもここでお昼ご飯を食べたよね。懐かしい。  瑞穂はそばを(すす)る事が出来なくてゆっくりゆっくり食べるから面白くていつも笑っちゃってたな。  ダイソーがあった。  去年の文化祭で私達の組が何故だか仮装カフェを開く事になった時、じゃんけんで負けて、衣装を用意する係の一人にされたな。  隣町のドンキまで買いに行かなきゃいけないって思ってたら、このダイソーも結構品揃えがあってびっくりした。  運ぶのを柚葉(ゆずは)が手伝ってくれたっけ。見た目の割に力持ちなんだから。  久しぶりの場所を巡って、想い出を懐かしんでいるうちに、私の足取りも心もだいぶ軽くなってきた。  でもやっぱり学校に行く気にはなれなかった。  今日の学校に行ったら全てが終わってしまうような気がしたから。  今日は私達の卒業式だ。  今日卒業証書をもらってお別れの挨拶をしたら、もう明日からみんなが顔を揃える事はない。  嫌だ。本当に嫌で。  学校に行かなければ今のみんなとの日々が永遠に続くような気がして。  そんな訳ないよね。  自分でも馬鹿だなって分かってるんだけど……  あぁ昨日までは学校なんてただ面倒くさいだけだと思っていた。  私には大事な思い出も友達もないと思ってた。  違った、って気づいたんだ。  瑞穂も柚葉もクラスのみんなも文化祭も授業も通学路だって、全部全部大好きなんだ。  私は歩きながら涙が止まらない。  顔もぐしゃぐしゃで、とても人に見せられたもんじゃない。  気がつけば私が来たことが無い場所にいた。  側溝に青い小さな花が咲いているのに目が留まった。  涙を拭いながら近づきしゃがむ。  それはいつかネットで調べた勿忘草だった。  私が知ってる開花時期よりも今は少し早いから、アスファルトの熱で普通より早く咲いたのかもしれない。  青く小さい(いく)つもの花が、集まって咲いている。  私の目にはその一つ一つがみんなの顔に映ってならなかった。みんなが笑っているように見えてならなかった。 「ありがとう」  無意識に自分の口から出てきた言葉は、私がみんなに伝えたい気持ちそのものだった。  私達の想い出はずっと私達の中にあり続ける。今の私なら、確信を持ってそう宣言出来る。  私は勿忘草に水をあげたかったけれど、生憎(あいにく)持ち合わせが無かったので、心の中でもう一度ありがとうを言って立ち上がった。  そういえば勿忘草の花言葉は______  さあ  新しい日へ旅たつ私達に、卒業を!  いつもの通学路に新たな一歩を踏み出した。
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