1.彼の名前

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「それに彼は別にそこまで悪い人じゃ……」 「黙って二股かける男が悪い男じゃないなんて、実梨は本当に寛容だよね」  そんなふうに呆れ顔で言われてしまうと、返す言葉がなかった。  私が三ヶ月前まで付き合っていた彼は、木本(きもと)さんといって、私のBA時代の配属先である池袋の百貨店で外商をしている年上の男性だった。  彼とは時々、通用口や食堂で顔を合わせる機会があり、何となく挨拶を交わし始め、いつの間にか少しずつ仲良くなって、知り合って4ヶ月後くらいに付き合って欲しいと告白された。  男性と付き合ったことがない私はどうして良いか分からなかったけれど、常にやさしく私を気遣ってくれる彼のことは嫌だとは感じなかったし、素敵な男性に好意を持たれることが少しくすぐったくて嬉しかったのも本当だ。  そして付き合い始めて半年くらい経った頃、請われるまま初めて身体を重ねた。  そうなった時でさえ、彼を本気で好きなのかもまだよく分からなかったけれど、自分の中にも、もう24歳だし大人なんだから、という焦りが多少は有ったと思う。  ベッドの中でも彼はひたすらにやさしかった。  だけど想像を超えるあまりの痛みに私はすっかりその行為に対して怖気づいてしまい、二回目をするまでにそこから三ヶ月くらい掛かった。  そして結局その後もそれほど多くの経験を重ねることはできないまま、どちらともなく連絡が減っていき、気がついた時には彼の隣には時々違う女性の姿がよく見掛けられるようになった。  朱里によれば、それは同じ百貨店で働いている、私よりずっと女らしい受付の女性だった。  それでもなぜか、彼からはっきりと別れたいとは言われることはなくて、たまにメールが入ったり、映画を見に行ったりしながら、結局去年のクリスマスの直前、私から我慢ができずに尋ねた。 「木本さんの彼女は、今は私だけではないんですよね?」  彼は絶句してしばらく黙ったままだったけど、最後に「ごめん」と謝って私の元を去っていった。  そして私と別れると同時に、例の彼女と木本さんはおおっぴらに付き合い始めるようになったのだ。  その姿を見て、ああ、やっぱりと思うのと同時に、悲しいんだけどそこまで涙が出ないのは、私に人として何か欠けている感情があるような気もした。
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