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「木本さんのことは、もう終わったことだから」
私の言葉に、朱里は納得がいかないというように口を尖らせた。
「だけど実梨が転職したのだって、結局はアイツのことが原因でしょう?」
朱里はいつも、木本さんの話になると私以上に怒ってくれる。
それは私を思ってのことだと思うし、とても有り難いと思うけど、当の本人がそこまで怒っていないので、同時に申し訳なかった。
「もちろんそれも少しはあるかもしれないけど、それだけじゃないよ。
元々、コネクトって言う会社に興味があったの。
ほら、昔から営業マン養成所って言われてる会社だし、三年間限定の契約社員なら、今から入社しても、28歳の時にまた違う道が探せるでしょう?
営業職としてどこまでやれるか、自分の可能性を試してみたくて……」
そう言いながら、これは嘘だな、と自分で思う。
自分の可能性を試したいというふわっとしたものではなく、本当は自分に今、何ができるのかをはっきりと確認したかったのだ。つまり、私は営業としてちゃんと結果を残せるのか。
販売員の仕事は楽しかった。売上目標を達成できることにやりがいもあった。だけどそのうち、販売員ではなく、もっと貪欲に数字を追いかける仕事がやりたいという目標が芽生えたときに、私は転職を決意した。
コネクトに興味を持ったのは、私の叔母がそこで営業として活躍しているという話を両親から以前聞いたことがあり、女性も男性も関係なく平等に評価してくれる会社だと思ったことがきっかけだ。
そして実際に自分で情報を得たり、面接を一次二次と進んで行く内に、絶対に自分もここで仕事をして、結果を残す人間になりたいと真剣に願うようになった。だから採用連絡を受けたときは、自分の人生で一番と言っていいほどに飛び上がるくらい喜んだ。
つまり木本さんの事と重なったのは本当にただの偶然で、たとえ人から見たら「男に捨てられて職場を去る女」に映ったのだとしても、私は自分でこの道を選んだのだとはっきり言える。
「まあ、実梨がやりたいことを実現するのは応援するよ! でも、それと恋愛は別腹でしょう? 仕事は仕事で頑張って、恋は恋で頑張れば良くない?」
だけど私のそんな真剣な思いを聞かされていない朱里は、しつこく食い下がってきた。
「うーん……分かるけど、今はとにかく仕事がしたいし……」
私がそう渋ったのと、朱里のスマホが小さな通知音を立てたのは同時だった。
「あ、もう遅かった。リンダ、着いたみたい」
「え!? その、紹介したい人も来るの?」
「もう、そんな怖気づかないでよ。別にその男と、今から試しに寝てみたらって言ってるわけじゃないんだから」
「そんなこと考えてもないよ! 変なことばっかり言わないで!!」
____そう言いながらその数時間後、まさか自分が本当にその人と一夜を過ごすことになるとは、この時の私は想像もしていなかった。
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