1.彼の名前

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 朱里は分かってくれないけど、そもそも、今の私には誰かと知り合いたいと言うような情熱が全く無い。  もちろんこの先の一生を生涯独身で過ごす程の強い決意はないけれど、少なくとも、転職したばかりのこの夜に、新しい恋を始めたい気持ちにはとてもならなかった。 (どうしよう!? 朱里には悪いけど、今すぐ帰るべき? それって意識し過ぎで逆におかしい? 失礼に当たる?)    そう逡巡する間もなく、私の視界の端に男性の二人連れが入ってきた。 「お疲れ〜」  私たちのテーブル席に現れた背の高い男性の二人連れに、朱里が声を掛ける。  銀縁のメガネにグレーのスーツを着たリンダさんが、慣れた様子で朱里の隣に座った。 「実梨ちゃん、久しぶりだね。転職したんだって? おめでとう〜」 「ありがとうございます。リンダさんこそ、4月は忙しいですよね?」  リンダさんは都内にある私立高校の教師だ。  朱里とは学生時代からの付き合いと言うから、二人の歴史はそれなりに長い。 「まあ、忙しいのは一年中だしね。……ほら、突っ立ってないで(たちばな)も座れよ」  林田さんにそう声を掛けられた男性を、私は戸惑いながらも見上げた。  濃い紺色のストライプが入ったスーツを身にまとい、ボタンダウンの白いシャツは第一ボタンが外され、いかにも仕事帰りのサラリーマンのように見えるその彼は、とても背が高く、スーツの上からも体を鍛えていそうなのが見て取れた。  短く刈られた髪は清潔感があり、幅広い二重の目は形が良く大きくて、とても意志が強そうに見える。 (あれ? なんかこの人の顔に見覚えがある気がする……)  途中まで正解が出かかったクイズのようにもどかしく、私はしばらく記憶の扉を開いて思いを巡らせる。  (………どこで見掛けたんだろう。誰かに似てるのかな?) 「ちょっと実梨! 見惚れ過ぎだから!」と朱里から慌て気味に声を掛けられて顔を上げると、その男性と思い切り目が合ってしまい顔が赤くなる。 「あの……こちらに座っても大丈夫ですか?」と、その人は私を真っ直ぐに見て朗らかに言った。
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