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そう言われて初めて自分のあまりの不審な行動に気が付き、
「ご、ごめんなさい! あの……知ってる方のような気がして、変な態度をとって申し訳有りませんでした。どうぞ、座ってください」と、慌てて男性に頭を下げた。
「ありがとう。じゃあ、失礼します」
そう言って、彼は私と自分の間に椅子一つ分の間隔を開けて腰を下ろした。
「今日暑くないですか? ジャケット脱いでも良いかな?」
「ど、どうぞ」
ただ話しかけられてるだけなのに、なぜ私はこんなに緊張してしまうのだろうか。
彼はにこやかにこちらを見て、その表情に私の記憶の扉が再び開く。
(あ、わかった。あの人に似てるんだ———)
そう思った瞬間、自分から声を掛けていた。
「あの……もしかして、遠山先輩じゃないですか?」
記憶の中のその人は、もっと明るい茶髪で、線ももう少し細くて、こんな大人の男性ではなかったけれど———でも私は彼にやっぱり見覚えがあった。
「え? 二人、知り合いなの?」
朱里が私と男性を見比べるように首を左右に振った。
「いや、こいつは橘っていうんだよ、実梨ちゃん」
ところが、リンダさんの声を無視するようにその男性は私の顔をじっと見て
「もしかして、浜中学園の子?」
「やっぱり! 遠山先輩ですよね!?」
私は両手で口を覆って聞き返す。
(すごい! 本当に遠山先輩なんだ!!)
自分の記憶の中におぼろげに残っている『先輩』の姿と、今、目の前にいる素敵な大人の男性の姿を重ねて、胸がドキドキし始めるのを感じた。
「え? やっぱり知り合いなわけ?」
朱里が胡乱な目つきをすると、先輩はふっと笑って答えてくれた。
「遠山は、俺の昔の姓なんだ。大学に上がる頃、両親が離婚して今は橘に名前が変わってるけど。なんかすごく久しぶりに遠山って呼ばれて驚いたな」
そう言って彼は真っ直ぐな瞳でこちらを向いて、私の横に立て掛けたメニューに手を伸ばす。少しだけ身体が触れそうになり、私はそれだけで体温が上がってしまう。
「とりあえず色々話す前に、何か頼もうか?」
笑いながら私を見てくれたその顔に、不覚にも胸がときめいた。
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