1.彼の名前

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 私はもう一度助けを求めるように朱里を見る。  すると、彼女はこちらをじっと観察していたような顔で、私の視線に気付くとすごく可愛い顔をしてニコリと微笑んだ。 「よかったね。実梨。橘さんに新しい彼氏になってもらえば、失恋の傷も癒えるんじゃない?」 「———え?」  何でそんなことを言うの? と聞く間もなく、朱里が言葉を続ける。 「ほら、もうすぐ元カレも結婚するみたいだし、さすがにそうなったらつらいじゃない? 別れてたった三ヶ月で別の女と結婚なんてされたら、どう考えても結婚前に遊ばれただけって感じだし」  結婚? 誰が? 木本さんが?  頭では言われている言葉を受け止めているのに、理解が追いつかない。  遊ばれた? 誰が? 私が? 「でも、橘さんが実梨の彼氏になってくれたら、最高の仕返しになるでしょ? どう考えても元カレよりスペック上だし」  そう言った彼女は、いつも通り可愛いのに、いつもよりずっと意地の悪い顔にも見えた。  朱里は、時々私にこういう態度を取ることがある。  親しく付き合うようになってまだ二年に満たないけど、彼女は私に対して、「どこまでやったら実梨は怒る? それとも全部許してくれるの?」というような、こちらの寛容度を試すような行動を稀に起こすことがある。  普段はとても頼れるいい友達だと思っているのに、時々すごく攻撃的な態度に豹変するので、最初の頃は随分と面食らった。  だけど、今ではこう思っている。  彼女のコレは、私が大好きなことの裏返しだと。  朱里はなにかのスイッチが入った瞬間、急に私を試すのだ。  怒る私を見たいのか、それとも友情を試しているのか……だけど、なんとなく私には朱里の気持ちが分かった。  (自分から絶対に離れていかない人がほしいんだよね。)  そう感じてしまうのは、きっと私も同じ思いを心のどこかに持っているからなのかもしれない。  現に今も彼女は、私を傷つける言葉をわざと選びながら、最後に少し傷ついたような顔で私のことを見ていた。  まるで子供みたいな心細い顔をするので、毎回何となくほだされて、ついつい許してしまう私にも、彼女を助長させる原因があるというのは分かっている。
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