始まりの朝

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 電車に乗っている間の、無為な時間がとても好きだ。ただぼんやりと窓の外から流れる景色を見ることが。  いつも同じ風景を眺めているはずなのに、日によって景色が違って映りいつまでも見飽きることがない。    時計を見ると午前6時を少し過ぎたばかりで、研修は9時からだから十分時間がある。  なぜこんなに早くから仕事に向かっているのかと言えば、ひとつは満員電車が好きではないこと、もうひとつは仕事が始まる前に頭の中を整理する時間が欲しくてしていることだった。  時間に追われるようにバタバタ動くよりも、無理をしてでも朝早く出勤した方がその日の効率が圧倒的に良くなるし、自分の性に合っていた。  電車はいつの間にか品川に着き、大きな人の流れが起きる。  目の前の座席がいくつか空いたので、一番端のシートに浅く座り姿勢を正して膝の上に鞄を乗せた。  山手線には女性専用車両がない。この程度の混雑なら大丈夫だとは思うけど、痴漢に遭わないよう可能な限り自衛するのは都会に住み始めてから当たり前になっていた。  生活に必要な手段として公共交通機関を使用しているだけなのに、ただ立っているだけでたまらなく不快な目に遭うのは、本当に納得がいかない。    可能な限り周囲を不快にさせたくないという意識で生きている私には、他人に迷惑をかけることをなんとも思わない人間の心理なんて、きっと来世でもわからないと思う。それで全く構わないけど。
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