始まりの朝

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 そんな事を考えていたら、少し離れた斜め前方に背の高い男性が立っていることに気がついた。痴漢に間違われない為の対策なのか、両手をつり革に上げて、足の間にビジネスバッグを挟んでいる。 (男性は男性で大変ですよね……)    なんて、思わず勝手に共感してその人をこっそり眺めた。  吊り革を掴む骨ばった手首と手の甲の筋に男性らしさを感じ、何となく見惚れてしまう。  遠目だから良くわからないけど、雰囲気的にすごく素敵な男性に見えて、こちらを振り向いてくれたらもっと顔が見えるのに、と少しだけ残念に思った。    そのとき少し電車が揺れて、私の前に立った黒いスーツの女性が青白い顔をしていることに気付く。  彼女のトートバッグについたマタニティーマークがゆらゆらと揺れて、私は慌てて立ち上がった。お腹は全然目立っていないけど、もしかしたら身体がつらいのかもしれない。  「ここ、どうぞ」と女性に席を譲ると、彼女は軽く会釈してほっとしたように席に着いた。 (しまった。品川から新橋なんてすぐなのに、座るべきじゃなかった)  本当に今日は迂闊だわ。少し反省しながら出口に近い吊り革を掴んで、窓の外に目を向ける。  光を受けてキラキラ輝くビルの向こうに、青空が見えた。  自分がまだ何者なのかも分かっていない、25歳の春。  私はただこれから始まる新しい仕事への不安と期待でいっぱいで、それ以外のことなんて何も考えていなかった。  降車駅に着いて電車を降り、人の流れに乗って改札に向かう途中、扉が閉まる音を聞いた。  さっき見掛けた素敵な男性のことは、そのときにはもう頭からすっかり抜け落ちていた。
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