9405人が本棚に入れています
本棚に追加
1.彼の名前
週の真ん中、水曜日の午後6時。ビルの隙間から見える夕暮れの空には薄いガーゼのような雲がかかっている。後ろでひとつに束ねた私の長い髪が、春の風に緩く靡いた。
親友であり、前職の元同僚でもある野口朱里に呼び出されて、仕事帰りに新橋駅のSL広場で落ち合うため、街路樹の並んだ通りを急ぎ足で進む。
この道を歩くのは面接を含めてもまだ5回程度で、目に映る全てが新鮮だった。以前の職場は池袋で、同じ東京でも全く雰囲気が違うから、余計にそう感じるのかもしれない。
「実梨、ここだよ!」
待ち合わせ場所の電光掲示板の前に着くと、先に到着していた朱里が私に気付いて手を振った。
「ごめん、待たせたよね?」
「待ってないよ。時間通りなのに、実梨は相変わらず真面目なんだから」
朱里は呆れ半分、笑い半分でそう言った。
「やだー。実梨がスーツ着てるのってなんか新鮮なんですけど」
そう言いながら、朱里はグレーのジャケットに同系色のタイトなスカートのセットアップを着ている私を上から下まで遠慮のない視線でチェックする。朱里のようなセンスの良い子に服装をチェックされるのは、正直言ってすごく緊張するから止めて欲しい。
「だって営業だよ? スーツ以外に何を着たら良いのかわからなくて」
「実梨みたいに身長が高いとスーツが似合っていいよね」
「私は朱里の今日の服が好きだよ。そういうの、私には似合わないから着られないけど」
最初のコメントを投稿しよう!