1.彼の名前

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 彼女は仕事の時と変わらず、猫のように跳ね上げたアイラインと赤いリップが印象的なメイクをして、アシンメトリーなデザインの黒のトップスにレザーパンツを合わせるという、顔の濃さに負けないモード系スタイルだった。  それでもなぜか全体的な印象が可愛く見えるのは、ふわふわに巻いた髪を手の混んだヘアアレンジに仕上げていることと、朱里の背が平均よりかなり低めだからかも知れない。  朱里と違い、私の身長は170㎝ある。朱里はいつも羨ましいと言ってくれるけど、それは背が高い女性故の苦労を彼女が知らないからだと思う。とはいえ私も小さめ女子の苦労は知らないけど。 「社内の人はどんな感じ? 女性も皆スーツなの?」 「今日までは社外の新人研修だったから、まだよく分からないの。明日からやっと所属先での引き継ぎが始まるんだ」 「じゃあ、しばらくは忙しいんだ?」 「うん。だから今日は朱里に会えて嬉しい。連絡ありがとう」  朱里が予約してくれたのは、新橋の居酒屋と言うイメージに反して、女子会も開けそうなおしゃれな内装のワインダイニングだった。  シルバーのダマスク柄の壁紙にはフランスのワイン畑を思わせる風景画が掛かり、案内されたグリーンのテーブルもよく見ると猫脚になっていて可愛い。ベンチシートにバッグを置いて、朱里の正面に腰掛けた。 「可愛い居酒屋だね」 「でしょう? 美梨が好きそうじゃない? 私は新橋なんて初めてくるけどね」  新宿や渋谷じゃなくてここを選んでくれたのは、私の新しい職場から近い場所にしようという彼女のやさしさだったりする。  周りに声が漏れないように壁で仕切られている半個室のその席で、朱里は「あーあ」と残念そうに溜息をついた。 「でもやっぱり、実梨が一緒に働いていないと仕事つまんなーい」 「私も朱里と働くの、好きだったよ」  それは、お世辞ではなく心からの本音だった。
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