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 花と佐倉は商工会議所の玄関先に止めてあった黒塗りの車の後部座席に乗り込んだ。窓を開けて、見送りの人々に手を振る。 「ありがとう、すぐ帰ってくるね」  車が静かに出発し人々の姿が見えなくなると、花は小さくため息をついた。そして運転手の森に声をかける。父の現役の頃からの、初老のドライバーだ。 「森さん腰とか大丈夫? 車に乗りっぱなしだものね、身体動かしてね」 「お嬢様、ありがとうございます。まだまだがんばれますよ」 佐倉がカバンから黒革の手帳を取り出す。かなり使い込まれているが、よく手入れされている。広げてスケジュールの確認を始める。 「お嬢様、今日はこのまま議員会館に戻ります」 「せっかく実家近くに来たのに。久しぶりに、お父様とお母様に会いたかったわ」 「残念ですが」 「ごめん、わかってる」 「議員会館に戻って若手議員の皆さんとのミーティングに出席してから、事務所で明日の委員会の質問事項の確認をします」 「はあい。そうだ、森さん、駅前の和菓子屋さんに寄って。あの白いあんこ玉が食べたい」 「わかりました、お嬢様」 それを聞いて、佐倉が和菓子屋に電話をかける。 「もしもし、佐倉です。今から議員が伺いますので、お菓子を用意しておいていただいてもいいですか。……」  電話が終わると、花はだらっと佐倉にもたれかかった。 「佐倉、今日の話にも出てた、固定資産税の据置きと負担調整措置の延長に関する政府の対応、調べて」 「わかりました」 さらさらと佐倉が手帳に書き込む。 「あと、電子納税対象の拡大がどの範囲まで想定されているかも」 「はい」 「確定申告している高齢の事業主対象のパソコン講習がどう行われているか、税務署で調べて」 「はい」 「あと、小林さん、(しび)れって首か腰からきてるんじゃないかしら。ここか東京のいい整形外科を調べて教えてあげて」 「はい」 「お嬢様、着きますよ」 森に言われて、身体を起こし、両頬を軽くパンパンとたたく。
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