太陽を止めた王の話

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 百年ほど前、仲王の代のこと、王宮の庭の彩りに、泰山より巨石を運ばせたことがあった。高さ一丈幅六丈のこの巨石に、仙人は三寸の釘を打ち込み金剛鎖の端を巻き付けた。しばらく待つ間に鎖は弓の弦のようにぴんと張り詰め、やがて嵐にもてあそばれて船が鳴動するような轟音が王宮中に響き始めた。西に沈んでいこうとする太陽を、金剛鎖が引きとどめる音である。    そしてその時以来、どれほど待とうとも夜は訪れなかった。空は茜色に染まったまま明るくも暗くもならず、残暑の蒸し暑さが夜の肌寒さにとって代わられることも絶えてなくなった。田の稲穂はそれ以上稔ることをやめた。  そして、誰も死ななくなった。  人ばかりではない。猟師に射られた野山の兎や猪は、皮を剥がれても腸を抜かれても鳴き声をあげもがき続けた。病人も怪我人も年寄りも、斬刑に処された罪びとも、どれほどむごたらしい有様となっても死ななかった。  そして国の東は冷えて霜に覆われだし、西は暑熱に焼かれて干ばつに襲われた。田畑の作物はそれでも枯れて死ぬことはなかったが、そのかわりに実りをもたらすこともなかった。人々は飢えに苦しみだしたが、それでも誰一人死ななかった。    やがて人々の怒りが大地の端から端までを覆い、叛乱の火の手があがった。 昭王の軍隊は容赦なく叛徒を射、斬り、村を焼いたが、身体が二つになっても、炎に包まれても、骨だけになっても、誰一人死ななかった。  民衆は王都に迫り、王宮を取り囲み、口々に叫んだ。  太陽を解き放て。時を流れるにまかせよ。死を大地に返せ、と。  昭王にとって民衆の叛乱はたいした問題ではなかった。  気にかけるのはただ后のことであった。  顔青ざめ骨と皮ばかりになり、日々高熱にうなされもがき苦しみながらも、死ぬことができず、次第に王を憎み始めた后のことであった。  妾に死をたまわりたまえと哀願する后に王は答えることができなかった。  金剛真人は王を騙してはいない。病を治せるとは仙人は一言も言わなかった。ただ不老長生を約束しただけであり、天下万民に不老長生を与えることが、何を意味するかを説明しなかっただけのことであった。  やせ衰え、ただ眼だけをぎらつかせて、次第に狂っていく后を見かねて、王はその首を刎ねさせた。もちろん后は死ななかった。数刻の後、後悔に襲われ、斬り落とした首と身体を端女(はしため)に縫い合わさせた。首を縫われている間、后は怒りと苦痛に吠え狂い続け、王をののしり続けた。    王は悔悟の涙にくれ、金剛真人を呼び求めた。  王宮の南から、悠々とした足取りで、楽し気に仙人は姿を現した。仙人はこのありさまにむしろ誇らしげであった。  天下に施した不老長生の術を解いてくれ。  昭王がそう言うと、仙人は呵々と笑った。庭の巨石に刺さった三寸の釘を抜くと、金剛鎖を巻き取り、地面を踏み割って地底へと姿を消した。    そして夜が来て、皆が死んだ。  あとには、仙人の笑い声だけが響いていたという。                                   了                    
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