憂虞

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憂虞

ある日、彼女のドレッサーの台の上に、無造作に黄色い手帳が置かれていたのを見かけたことがあった。少し気にはなったが、人のものを盗み見るようなことはしたくない性分であったので、そのままにしておいた。 彼女が帰った時、それに気付いたらしく、「手帳は見なかった?」と問われたが、もちろん「見なかった」と答えた。 「なら、よかった」と言って慌てた様子でしまっていたので、よっぽど見られたくないものが書かれているのだろう。 「絶対に見ないでね!」と念を押して言うので、見ないでおいて正解だったと確信した。 それから暫く経って、一ヶ月程過ぎた頃であったろうか。再び、あの黄色い手帳がドレッサーに置かれたままになっていた。 あんなに強く言い聞かせていた割には、こうも忘れるものかと不思議にも思ったが、完璧すぎる彼女のちょっとしたミスも、愛すべき要因になっていた。 ただ、以前と少し違うのは、手帳が開いて置いてあったのだ。これでは中身を見られても仕方がないと思われるが、その時、何処からかゾクッとするような風が僕の身体を(まと)わりつくように通り過ぎた。 何処かの窓が開いていたのだろうか。突然の冷たい風に、僕は身震いした。 思わずブルブルッとして、視線を落とした僕は、そのまま動けなくなってしまった。 目に飛び込んできたものは、僕の想像を遥かに越える驚くべき内容がそこにあったからだ。 人とは、いともこう簡単に考えが変わってしまうというものなのかと、身をもって体験することとなった。
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