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にんにくの効いたペペロンチーノをフォークに巻き付け、一口で頬張る。一葉の作るパスタの中で伸也が最も気に入っているものだった。 「パーキンソン病って、確か要介護が必要よね。チエさん本当に大丈夫かしら…。」 「まぁ、やっぱり俺たちの問題じゃないから、何を言ってもダメなのかもな。話しかけても何も答えなかったしさ。」 銀色の缶を握り、喉を鳴らしてビールを流し込む。一息ついてから続けた。 「あれは誰の名前だったんだろう。」 芽衣は誕生日席で小さな皿に取り分けられたペペロンチーノを不器用に啜っていた。にんにくは少量、唐辛子は入っていない。一葉はコンソメスープの上澄みを浚って言った。 「私も名前聞いた。ゲートボールとかで出来たお友達かな。」 「あー、でもそういうこともあるな。前まではどこかのデイサービスに通っていて、それが認知症の悪化で行かなくなったとか。」 底に残ったビールを飲み干す。2本目を手に取ろうと冷蔵庫を開けた。 「あれ、ビール無いや。」 「ごめん。買い忘れちゃったかな。」 「いいよ。コンビニ行ってくるわ。」 ソファーの前に置かれた携帯と財布を取り、伸也は家を出た。夜の8時半、街灯が少ないこの辺りは既に暗かった。稲田家の前を通ってコンビニまでの道のりを歩いて行こうとした時、通りの真ん中に小沼和博が立っていた。 「あら、伸也さん。こんばんは。」 「こんばんは。」 「こんな時間にどちらへ?」 「ちょっとコンビニまで。」 和博の手には何故か鈍色の工具箱の取っ手が握られていた。 「工具箱、ですか?」 自分が持っている箱を見て、和博は笑って答えた。 「近くにお住まいの佐々木さんからエアコンの修理を頼まれましてね。子どもの頃からそういうちょっとした物を修理するのが得意なんですよ。」 ガチャガチャと箱を揺らす。和博は胸を張っていた。 「すごいですね。そういう頼まれ事、多いんですか。」 「ついついお節介焼いちゃうんですよ。しつこいかもしれませんけど、人のためなら頑張りたくなっちゃうんです。」 小柄ながらに頼れる存在だと伸也は思った。 「じゃあ、うちのエアコンが壊れたら和博さんにお願いしてみようかな。」 「いいですとも。それに、お金かかりませんから。」 小声でそう言って2人は笑い合い、会釈を交わしてから伸也はコンビニに向かった。もしかしたら稲田チエのことも彼なら何とかしてくれるかもしれない。そんなあやふやな希望を抱いていた。
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