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「そうだけど……えっ? 誰あんた……?」
「私、橋野メイといいます」
「……何か用があるの? 俺に?」
「はい! あの、景井さん……ごはん、食べました?」
メイという女の子が真面目な顔でした質問に、俺はやはり面食らうしかない。
「へ?」
「もしまだのようなら、これ、食べてください」
彼女はそう言うと、手に持っていたビニール袋を差し出した。受け取ると、温もりと美味しそうなにおいをふわっと感じた。
「近くの食堂で買ってきたお弁当なんですが、景井さんのお好みが分からなかったので、とりあえず鮭弁当にしました」
袋の中には確かに、使い捨ての弁当容器と割り箸が一つずつ入っている。透明の蓋なので弁当の中身がよく見える。焼き鮭をメインに、筑前煮、ほうれん草の胡麻和え、そして酸っぱそうな梅干しがひとつのったツヤツヤとした白米。定番メニューだ。
折しも空腹を感じていたのでどれも美味しそうに見えたが、いやいやいや、と心の中で突っ込んだ。
一体、この子は何なんだ? そもそも何で俺に弁当を? え? 俺、弁当買ってきてって頼んだっけ? いや、この子、初めて会った顔だし……っていうか、こんな若い子と喋るの自体、何年ぶりだよ……。
訝しげな顔をしている俺を見て、彼女が悲しそうにつぶやいた。
「もしかして焼き鮭……嫌いですか?」
──若い女の子を泣かせてはいけない。しかもこんな時間にこんな玄関先で。
「好き好き! 俺、嫌いな食べ物って特にないし!」
それを聞いて、彼女が「良かった!」と微笑んだ。
──あれ。なんだか可愛いぞ。
呑気にもそんなことを考えていると、彼女が踵の向きを変えた。
「それじゃあ、私はこれで……」
「ちょっ、ちょっと待って! 受け取れないよ」
慌てて弁当の袋を返そうとしたが、彼女は首を横に振るだけだ。
「そう言われても困ります。私、頼まれて持ってきたんです。バイト代はもう頂いてるので、景井さんには何としてもそのお弁当を食べてもらわないといけません。ちゃんと食事摂ってくださいね」
「……え? 頼まれたって誰に?」
「それは……ナイショです」
彼女はニコッと笑ってそう言うと、思い出したように口を開いた。
「……あ。景井さん、いつもこの時間は起きてるんですか?」
「え? ああ、起きてることが多いけど……?」
「そうですか! じゃあ、明日からも同じ時間に来ますね」
そう言うなり、彼女はパタパタと廊下を駆けていった。築35年のボロアパートの階段を駆け下りる音を聞きながら、俺は呆然とつぶやいた。
「……明日からもって……まさか、毎日来るつもりか……?」
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