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PUMAのシューズ
クフッ……犬がお預けを食らったみたいな音がした。
「俺は? 父さんは? なんか言ってない?」切なげな顔だった。
「お父さんって今呼んだよ。昔より眼鏡がカッコよくなったね、白髪まじりの髪も素敵だよって」
「ありがとう、美尋」眼鏡をはずした父が腕で目を覆った。
「美尋は五歳なの?」
「ううん、僕と一緒に大きくなったよ」
「どうなの? 大人の美尋はどうなってるの?」
「きれいだよ。やさしそうな顔をしてる」
「そう、そうなの」
「僕は美尋に感謝しきれないぐらい助けてもらったんだ。小学校の三年生のときから、僕たちはずっと一緒に歩いてきた。だから、誰も悲しむことはないんだ。
家族の話をしよう。僕が忘れてしまったことも、美尋はきっと覚えてる。それから、美尋と僕の話も。
あ、そうだ。小学校の三年生のときにさ、お誕生日に買ってくれたPUMAのシューズを覚えてる?」
膨らみ始めた桜のつぼみに春まだきの冷たい風が吹く夕暮れどき。
仕事を終えたひとびとが開放感にほっと息を吐き、蝉しぐれを浴びながら帰路につく夕間暮れ。
あるいは山を下りてきたアキアカネが舞い飛ぶ秋の黄昏どき。
夕陽を背に、あるときは夕陽をその顔に浴びて美尋は現れる。できの悪い弟が心配でたまらずに。
─fin─
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