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一.
とある芸能事務所の前に、報道陣が大勢押し寄せていた。
「清村賢治さん!!五億ですよ!?罪の意識は無かったんですか!?」
「この所得隠しについて御本人は把握していたんですか!?」
「清村さん本人のコメントを!!」
やがてその蜂の巣をつついたような騒ぎの中を、事務所の関係者らしきスーツの男が現れ、深く頭を下げると共に、
「この度は大変御迷惑をおかけ致しまして誠に申し訳ございませんでした。真相につきましては、全て警察の捜査に委ねております。この場で申し上げるべきことはありません。どうかお引取り下さい」
淡々と述べると足早に事務所ビルの中へと姿を消した。
その対応で報道陣には余計に火が着いたが、男も、当の清村賢治も、そのまま現れることは無かった。
そもそも清村は既に密かに某所のホテルの一室へと身を移し、事務所の社長やマネージャー、そして弁護士を交え、警察関係者が迎えに来るのを待っていた。
「困るよ、副業するなら前もって言っておいてくれないと。だいたいなんで税理士に任せなかったんだい?」
小太りのタヌキのような初老の男が、五十を前にしてもなお往年の精悍さと色気を失わぬいかにも俳優といった男に向かってため息をついた。
「すみません、当初はここまで大掛かりな事業になる予定では無かったもので……。とにかく信じて欲しいのですが、意図的に隠したのでは無く、忙し過ぎて管理が行き届かなかっただけなのです。警察の捜査にも真摯に応じて誠意を持った対応をするつもりです」
その俳優、清村賢治も、同様に大きくため息をつきながら首を振ったが、しかしながらなぜかそれほどまでに深刻な面持ちでも無いことに、長年連れ添っているマネージャーの中年女性が、訝しげに眼鏡の端を持ち上げる仕草を見せた。
「清村さん、私は俳優としてのあなたのマネージャーです。それゆえに芸能関係以外の仕事やプライベートには一切触れぬよう心がけてきました。が、それでもかれこれ二十年以上の仲です。もはや家族のようなつもりであなたのお世話をしてきたんですよ。その結果がこの騒ぎとあっては、私も悲しいです。おわかり頂けますよね?」
「あぁ、福本さんには特に本当に済まないと思ってるよ。申し訳ない。……でもまぁ……こっちの話でまだ良かったよな……」
「ちょっと!?まだ何かあるんですか?勘弁して下さいよ?」
清村が聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた言葉に敏く反応した福本が、厳しくも呆れたような目で睨むが、
「あぁ、いや、今回のことに比べたら些細な話だよ、別に警察が動くようなことでも無いし、ほんと、ただのプライベートでのプライベートな話さ。俺にとっては知られたら恥ずかしいな、ってだけのことでね」
清村の人懐っこい子供のような笑顔に、福本は顔をしかめながらも社長と目を合わせ、しかしこの際だから問いただしておこうかと口を開きかけた時、部屋のドアホンが鳴り、
「はい」
と答えて一瞬清村に視線を送ってからドアの方へと足早に去って行った。
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