第1話:鶴城十束

2/2
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
二  それは流れ星のように一瞬でした。  十束の一振りに吹っ飛ばされた縁は、何度も瞬きをして、現実を受け入れようとしています。防護用の布を貼ったことで痛みはあまりないようです。  手合わせがあっという間に終わり、針をしまった十束が縁に近付きます。ようやく現実を受け入れたであろう縁を待っていたのは、渋柿を食べたような顔をした十束でした。 「きみ。もしかして、私の作品を見たことがないな?」  縁が素直に頷くと、十束は渋い顔のまま続けます。 「対戦相手の作品や成果をキチンと確認する。それが相手への最初の敬意だ」  裁縫技は選手が制作、直したもの。ひと針ひと針が選手の力に変換されます。裁縫技は裁縫の技術と運動神経が合わさって出来る競技です。  十束に痛いところを突かれ、縁は何も言えませんでした。ですが彼に手を差し伸べられて、ようやく言葉を発することが出来ました。 「貴方とまた、戦いたい」  十束は縁が伸ばした手を掴むと、 「私と再び針を交えたいのなら、次はミシンの上で会おう」  そう言いながら、縁を起こしました。 「オレ、縫戦祭に出る!」  縁は決意したものの、結もツナグもいません。二人がいた場所に戻ったつもりが、はぐれてしまったようです。辺りを見渡しますが見つかりません。二人を誘うつもりだったのでしょう。少しだけ落ち込んで、首を横に振りました。気持ちを切り替えたであろう縁は「強そうな人、強そうな人……」と呟きながら歩き始めました。  縁は足を止めました。目の前には様々な形やカラーのボタンが飾ってある屋台。そこで学ランを着た少年がジッとボタンを見つめていました。飾ってあるボードの下には小さなタンスがあり、そこからお目当てのボタンを取り出して、専用のカゴに入れているようです。  少年は縁の視線に気付いたのか、振り返ります。日焼けした肌は健康的で、でも瞳は鋭く、何もかも見透かされそうになりそうです。身長は縁より少しだけ高く、歳も上のように見えます。 「……なに?」  ぶっきらぼうな言葉と睨みつけるような瞳に縁はおじけづいてしまいました。どうやら機嫌も悪いようです。ですが食い下がらず「あの、」と話しかけます。 「ちょっと、聞きたいことがあって」  少年は縁をジッと見つめて、相変わらず不機嫌な様子で答えました。 「これ、買ってからでいい?」 「う、うん! ありがとう!!」  少年が会計を済ますと、彼は待っていた縁のもとへやってきました。 「すまん。待たせたな」 「大丈夫!」 「で? 聞きたいことってなに」  相変わらずの雰囲気に飲みまこまれそうになった縁ですが、まっすぐに言い放ちました。 「きみ、オレとチーム組まない!?」  鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした少年をよそに、ずっと頭の中に残っていたのでしょう、縁は続けます。 「優勝したくない? さっき鶴城選手と戦ってみたけど、オレときみが組めば、鶴城選手にだって勝てると思うなあ〜!!」  縁は言いたいことを言えてスッキリした様子でしたが、肝心の少年はスッキリしておらず、むしろ舌打ちすら出たほどでした。 「すまん、オマエ(・・・)の名前を聞いていなかったな。オレは梅月(うめつき)シエルだ」 「あ! 本当だ、ごめん! オレは糸賀縁!」 「そうか。……糸賀」 「……ん? 梅月?」  縁の疑問はすぐに吹っ飛びました。何故なら、シエルが自分の腕時計型の裁縫箱を縁の裁縫箱に押し付けてきたからです。無機質な音と共に怒りに染まったシエルの形相が近付いてきて、縁は目を見開きました。 「針を出せ、糸賀。十束"兄さん"をバカにしたこと、オレは絶対許さん」  ツナグが屋台で購入したワッフルを食べながら元いた場所に戻ると、そこには新しい簡易フィールドが立っていました。その中には縁とシエルの姿が、そしてフィールド外には、慌てている結の姿もありました。 「どひゅたの?(どーしたの?)」 「あ、ツナグさん! どこ行ってたの!?」 「結だってどっか行ってたくせに〜」 「縁、知らない子に試合を挑まれたみたいで……さっきチャンピオンと手合わせしたから?」 「え〜。瞬殺だったし、それはないんじゃない?」  ワッフルを食べ終わり、指についたクリームを舐めていたツナグは「あ」と声を漏らします。 「あの子、なんかテレビで見たことあるなあって思ったら」 「おいおい! ニシのやつ、喧嘩吹っかけられちょーわ!」  二人のところに、紅馬が笑顔で近付いてきました。 「オマエら、アイツの近くにおっただろ?」 「松江紅馬選手! 世界ランク三位! 称号は"和邇(わに)使い"!」 「おう。詳しい解説ありがとさん♪」  結の早口解説はさておき。 「ニシ?」 「縁と知り合いなんですか?」 「アイツとは家が近くてな。昔はよく遊んどったわ」  紅馬は二人の隣に立つと「シエルもおとなげねえ〜」と、楽しげに言います。ツナグが思い出したかのように口に出します。 「彼、確かこないだジュニア大会で優勝した……」 「そげ。世界ジュニアランキング一位、梅月シエルだがん」  今回も先程と同じ手合わせという形なので、制限時間は通常のルールと違います。二人は靴を脱ぎ裸足になると、フィールドに立ちました。  縁とシエルは針を出し、糸を通します。無事に糸を通せたことに安堵した縁は、シエルの針と糸の通し方が自分と違うことに気付いたようです。 「シエルくん、レース編みなんだ!?」 「それがどうした」 「いや、オレたちの世代では珍しいなって……」  シエルは近付いてきて、縁とジャンケンをします。シエルがパーで縁がグー。シエルが先攻です。  縁は謝りましたが、シエルは聞いてはくれませんでした。困り果てた縁は、彼の勝負を受けることにしたのです。そうせざるおえなかったのです。 「紅馬選手、止めましょうよ」 「やらしちょくだわ。シエルも頭に血が昇っとるけん、ニシにも勝機はある」 「でも、どうしてあの子は縁に勝負を?」 「なんとなく予想はつく。まあやばくなったらとめーけん」 「本当かなあ」  ツナグの心配は当たりそうです。何故なら紅馬の顔は、水を得た魚のようにイキイキしていたからです。観客も徐々に集まってきました。 「お願いします」  二人は一礼をします。その時のシエルの礼は、折り紙を折ったようにきっちりしていました。観客の何人かがほう、と感嘆の声を出すほどには。  シエルが構えて「セット」と大きな声で言います。そして、そのまま動きます。  裁縫技は、たとえどんなに実力差があろうと、相手の攻撃を一度は受けるというのが礼儀とされています。暗黙のルールとでも言いましょうか。ですが、縁は受けてばかりでした。受け流すのが精一杯で、止めることが出来ないのです。受けると止めるは違うのです。  裁縫技には二つのゲージが存在します。奥義ゲージと仮縫いゲージ。二つのゲージは空中に表示されます。奥義は貯めれば必殺技を放つことが出来、仮縫いは進行した方が勝ちになります。  右、左、次も左。シエルの攻撃は迷路のように複雑で、縁はされるがままに振り回されていました。なかなか攻撃を止めることが出来ません。このままではシエルの仮縫いが完成します。 「どうした! あんな口叩いておいて! オレの攻撃を止めれないのか!」 「っ……」  縁が数歩下がっても、シエルは食らいついて離れません。 「逃がさん!!」  振り被ったシエルの一撃を縁はなんとか受け止め、そして止めました。ですが止めたのは一瞬で、すぐに吹き飛ばされてしまいました。  吹き飛ばされた縁の目に入ったのは、生い茂る木々と、何十本の針たち。競技用の針が、地面に突き刺さっていました。そこはまるで墓地のようで、そして、十束の姿もありました。 「あっ……ってうぉ!?」  二重の驚き。十束がいた驚きと、自分が使っていた針が折れていた驚き。見事に半分に折れた針の半身はそこにはなかったのです。 「大丈夫か?」  十束はあの時と同じように縁を起き上がらせました。 「急に吹っ飛んできたから何事かと……何があったんだ? 誰かと手合わせしていたのか?」 「……シエル、くんを、怒らせて。謝ったけど、聞いてくれなくて」 「ほう。それで?」 「勝負することになったんですけど、シエルくんの一撃で吹っ飛ばされて……」  縁の声がどんどん小さくなってきます。十束は縁が吹っ飛んできた方向や針を見て分析しているようでした。 「簡易フィールドの機器が老朽化していて、バリアを突き破った、ってところか。一緒に行こう。シエルには私から言っておく」  再び伸ばされた手を、縁は「でも」と呟いて取ろうとしません。 「もう一回、自分の口で謝りたい」 「謝っても聞かない者に謝っても、しょうがないだろう」 「貴方のこともひどく言ったけん」 「それはお前(・・)の自己満足だろう」 「うん。オレは今、オレのためにやってます」 「自己満足は周りを敵に回すよ」  沈黙が流れます。ばつが悪くなったのか、十束が「じゃあ、こうしよう」と刺さっている針に指をさしました。 「シエルと向き合うには、針が必要だ。抜ける針を取りなさい」  えっ、と驚いた縁に十束はただし、と念を押します。 「ここの針は見捨てられた針たちだ。一時期、両親が生まれた子供のために針を作ることが流行してな。その子供たちが抜けなかったりして、見捨てられた針たち」  ですが、その針たちはピカピカ輝いていました。見ると近くにぞうきんなどの掃除用具があります。 「今は撮影スポットとやらで観光客がたまに訪れていて、ネット上では「親不孝の針」と呼ばれているらしい」 「その針を、取ってもいいの?」 「取れるものなら取ってもいいことになっている。あれとかどうだ?」  十束が指差す先には、青色の針が刺さっていました。他の針とは違った雰囲気に縁は近付いて様々な角度から見ています。 「この針、他のと違う」 「EXエンブレムF。日本の針技師が作ったフランス刺繍針だそうだ」  針の穴には、ネームプレートが掲げられていました。両親の名前や子供の名前は霞んで見えませんでしたが「生まれてきてくれてありがとう」という文字だけはかろうじて分かるほど。 「抜くか?」  縁は針だけを見つめて、十束の顔を見ようとしませんでした。縁は針を握ります。 「抜く。この針なら、抜ける」 「すごい自信だな。もし、抜けなかったら?」 「その時はその時」 「……そうか」  縁は、思いっきり力を入れて、その針を抜きました。それは光を放ったような気がして、目をつむりました。  一方、会場側では簡易フィールドの機材を新しいものに変えてもらっていました。 「まあ、お前が売った喧嘩だけんな。最後までやれや」 「……はい」  紅馬が観客側に戻ったと同時に、わっ、と声が上がります。森の中から縁が新しい針を持って戻ってきたからです。シエルが急いで近付きます。 「すまん……大丈夫か?」 「うん。大丈夫。シエルくん、次はオレの攻撃だね」  防具用の布の効果で、縁は顔のかすり傷だけで済んでいました。シエルの視線が縁の針から離れません。ですが聞くことも出来ず、縁が針を再登録して試合が再開されます。  縁の初回の一撃は、左からの軽い攻撃。シエルはそれを受け止めると一歩下がり、再び左の一撃。次は先程より重いものでしたが、受け止められたためにダメージは入りません。 「強すぎだがん……!」  少し間を取り、縁は呟きます。的確で複雑な攻撃、芯のようにぶれない防御。どこを取っても隙がないシエルの姿勢。 「やっぱり、真っ向からぶつかる‼︎」  縁は地面を蹴って、弾みで攻撃を仕掛けます。 「攻撃工程‼︎」  攻撃工程。名の通り、攻撃を仕掛ける……いわゆる、”必殺技”です。ゲージが溜まって攻撃を仕掛けるであろう縁の行動を予測してか、シエルは身構えていました。 「コンティニュアス‼︎」  一、ニ、三。星の瞬きをまとった青い流星。三発の連撃がシエルを襲います。シエルは防御技を繰り出して何とかそれを食い止めます。 「へえ、そう来るか」  紅馬は縁の食い込むようなプレーに感心しているようです。結もそれに賛同するように頷きます。ただ一人、ツナグは分かっていないようで首を傾げます。それが目に入ったのか、紅馬が解説します。 「シエルの攻撃って複雑なんだわ。ジュニアはもちろん、大人の選手だって対応しきれん時がある。だからみんな、シエルの動きを掻き乱そうとする……自分のペースにしようとする」  縁の動きは、相変わらずシエルに読まれていました。 「でも、それはシエルもわかっちょう。アイツは自分のペースを戻そうとせず、相手に合わせ、その弱点を突く。そうやってジュニアの世界大会を勝ち上がっていった」 「だから、逆に自分に合わせられるとリズムが崩れる」  紅馬の言葉に続けるように、結が言います。先程からシエルは縁に劣る、ということはありませんが、どうにも上手くいかないようでした。  解説を聞き終えたツナグは納得した様子でしたが、同時にあることにも気付いたようです。 「攻撃をあれだけしか受けてないのに、もう対策が?」  縁の仮縫いゲージが、シエルに追いつこうとしています。シエルの表情に焦りが見えます。彼が数歩下がると、縁は何かを感じ取ったのか数歩下がりました。シエルは深呼吸をし、構えを解いて背筋を伸ばします。 「糸賀」  縁は驚き、思わず「えっ」と声を漏らします。それに釣られ、縁も構えを解いて背筋を伸ばしました。 「針を交えて冷静になれた。尊敬する人を悪く言われたような気がして、頭に血が昇った。突然怒って、すまなかった」  そして、あのキチンとした一礼をしました。 「ちょっ……え、頭をあげて!! オレもごめんなさい。きみを誘うのに必死で、あんなこと言って」 「その件についてだが、オレはチーム登録をしているからオマエとはチームが組めないんだ。その件についても謝る」 「え」 「冷静になったと同時に気付いた。オマエにはオレの最大の技をぶつけないと勝てない、と」  シエルは針を空に向け、何かを呟き始めます。すると針は白い光に変化し、シエルの手を離れてゆきます。 「導け渡り鳥。我が勝利を揺るぎない大地へ……最終工程!!」  白い光は鳥ーーまるで白鳥のような姿に変化し、更に増えていきました。その光の鳥たちが、縁に標的を向けました。 「(くぐい)!!」  大量の光の鳥たちが、縁に襲い掛かります。攻撃をまともに受けたら縁は敗北してしまうのです。  縁はジッと鳥たちを見ると「やるしかない」と呟きました。 「最終、工程!!」  縁が叫ぶと、彼の青い針が光を放ちます。そしてその針で襲いかかってくる鳥たちを刺していきます。それも、襲いかかってくる順番通りに。 「っ! ダメだ、まだまだ、まだまだ!!」  いくつかの鳥たちがぶつかりますが、縁は防御の手を休めませんでした。多くの鳥たちがぶつかり、縁の周りは煙に覆われました。  やがて光はシエルの手の中に戻っていき、再び針の形を取りました。シエルがそれと同時に構えると、煙を貫通して流星のような光の玉が飛んでいきました。玉を弾こうとしましたが弾けず、針の方が弾かれてしまいました。シエルの顔がこわばります。  玉は縁が打ったもので、防御が成功し、隙をついて反撃として発現されたものでした。煙が去り、シエルの表情を見た縁が仮縫いゲージを見ると、自分のゲージが完成していることに気付きました。 「勝っ、た?」  誰かが呟くと同時に、拍手と声援が湧き上がりました。縁は実感ができないようで目をパチクリと瞬きさせていると、シエルが近寄って来て握手を求めてきます。 「参りました」  シエルは顔のこわばりがなくなり、ぎこちないですが笑顔を見せていました。その表情を見てか、縁の緊張が解けたのか、滝のような涙が流れます。 「ど、どうした!?」 「ご、ごめん。あんま実感なくて……無我夢中だったから」 「泣きやめよ! 泣きたいのはこっちの方だ!」 「ごめん〜!」  縁は腕で涙を拭うと、シエルの握手に応じました。 「オレの戦法や最終工程に一から挑んできた選手は初めてだ。このリベンジは縫戦祭で」  シエルの握る力が強くなります。縁はでも、と小さな声を漏らします。 「出れるか分からんし、オレ……」 「出れるよ!!」  二人の間に入って来たのは、結でした。ツナグを連れて簡易フィールド外で縁に向かって叫んでいます。 「縁は縫戦祭に出るんだよ! 私と、ツナグさんと、三人で!!」  これ!と四つ折りの紙を広げると、そこには結の名前とツナグの名前が書いてありました。チーム登録の用紙のようです。どうやら結は、これを取りに行っていたようです。 「一緒に出よう、縁! 私、優勝したい!」 「おれは優勝しなくてもいいかなあ〜」  ツナグがのんびりというと、結が「やだ!」という大声をあげます。 「オレ、出れるの?」 「出れるみたいだな」  二人は顔を見合わせて、あることに気付きました。裁縫技に大切な挨拶を、すっ飛ばしてしまったのです。これがないと、裁縫技は終わりません。 「気をつけー!」 「礼!」 「「ありがとうございました!!」」  二人の声が響き渡り、再び暖かな拍手に包まれました。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!