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第3話:魔王
一
始まりを告げるブザー音が会場に鳴り響くと、人々は今から始まる物語に入り込むため、言葉を慎みます。ここでの主役は人間ではなく人形たち。本日の演目は、管理神たちのお話。
『困ったわ……どうしましょう』
頭を抱える姿は苦悩に満ち溢れていました。まばゆい髪のショートヘアを両手で押さえながら、ステージの端を行ったり来たり。明るめのドレスがひらひらと舞います。
彼女は太陽の代表神スス。太陽や月などの自然物を司る管理神は、あくまで代表としてカテゴライズされています。
『太陽の鼓動が聞こえなくなりました……』
当時、管理神は全生命体に認知されていなかったので、氷河期になりつつある地球に警告を出すことを禁じられていました。
何もできずにいるススのもとへ、ある一人の管理神がやってきます。夜空のようなロングヘアーをなびかせてやってきたのは、姉という位置付けである月の代表神ララ。
『あ〜ら。どうしたの、私の可愛いスス! 冬眠中のカエルが無理矢理起こされた時の呻き声が聞こえたわよ〜』
『ああ、姉様。実は、困ったことに』
事情を説明すると、ララはススの肩に手を置いて、強く頷きます。
『大丈夫! お姉ちゃんに任せなさい』
『でも……』
『貴方は今出来る仕事をやりなさいな』
ララに背中を押され、ススは扉の先、仕事場に向かいました。ススがいなくなると、ララにだけスポットライトが当てられます。そこはまるで宇宙、銀河系のよう。布で隠されている鼻を右手で押さえます。
『私より美しい、あの太陽。そんなものはこの地球には要らない』
場面は変わり。白を基調とした裁きの場に、ララは立たされていました。彼女の目の前には、闇のような花を頭部に持つ管理神。管理神たちの頂点に君臨する、統率の管理神アーカアがたたずみ、彼女を見下ろしていました。その周りをゼードなど上位の管理神たちが囲んでいます。
『月の代表神ララよ。氷河期を利用して他の管理神を唆のかし、全惑星を滅亡させた重罪、其方の命だけでは事足りぬ』
ララは戦争を仕掛け、その間に地球を始めとした銀河系は崩壊してしまいました。アーカアは伸び切った爪を、ララに向けます。
『其方を処する』
頭を抱え、その場にうずくまるララの姿で暗転。
なんとか地球を復活させた管理神たちは人間たちの前に姿を現しました。ですが、その代償で寒さに弱くなってしまいました。場面は変わり、雪がしんしんと降るとある街。
『こうして身体を寄せ合わせないとやってられないな……』
そう呟きながら肩を抱いて震えているのは、人類の管理神ムイ。寒気は彼らにとって凶器のような存在です。
『神様、寒いの?』
毛糸の帽子とマフラーに身を包んだ人間の少年が語りかけます。ムイはゆっくり頷いて『寒いなあ』と返しました。少年はふーん、と、ムイの頭の先から足先を見るために頭を大きく振って、
『神様もマフラーをすればいいのに』
と言いました。
『ま……ふらー?』
ムイは生まれて始めて聞いた単語のように、たどたどしく返します。
『マフラー知らないの? すっごくあったかいんだよ』
少年は首に巻いたマフラーをムイに見せつけます。彼のマフラーは首筋の寒気を全て溶かすような、炎のような色合いの毛糸で編み込まれていました。
『そのヘビみたいに長いものがマフラーかい? クリストファー』
クリストファー少年は頷きます。そして両手を広げ、同じ色の手袋や帽子を見せびらかします。
『ママが寒いからって、編んでくれたんだよ』
『そうか……その、マフラーはどうやって作るんだ?』
『う〜ん。毛糸は編み棒で編むんだけど……でも、神様はまず服を作らなきゃ! そんなボロ布じゃあ寒いに決まってるよ‼︎』
まとっている布を指摘されて、ムイは苦笑いを浮かべます。
『ふ、く?はどうやって作るんだ?』
『服? 多分ミシンかなあ?』
『み、しん……』
その後、管理神たちは相談し、人類に自分たちの衣類を作ってくれるよう依頼しました。人類はなんでも作れる大きなミシンとそれを補助する道具を開発し、管理神たちの衣類を作り始めました。その時作られたミシンがカミシンで、道具が競技用の針や糸です……。
「人形劇、すごかった〜〜……」
縁は歩きながら、劇の思い出に浸っているようです。
「全部チェコの言葉だったけど、授業でやったから覚えてるもんだねえ」
「そげそげ。あと動きがすごかった! リアル! ……結ちゃん?」
縁が話し掛けると、前を歩いていた結が勢いよく振り返ります。何やら暗い表情を浮かべています。
「えっ、あ、どうした?」
「眉間にシワが寄ってるよ〜」
ツナグが眉間に指を当てて、言いづらそうな縁の代わりに指摘します。
「もしかして、面白くなかった……?」
縁が尋ねると、結は首を横に振ります。
「そんなことないよ、面白かったよ。動きも音楽も最高! 何回見ても楽しい!」
「何回?」
縁は首を傾げます。チェコに寄って人形劇を見たい、と言ったのは結だったので、てっきりずっと前から見てみたいという願望と受け取っていたようです。
「昔ね、TVで何度か見たことあるんだ。だからずっと生で見たかった」
それでね……結は言葉を切って、ポツリと呟きます。
「パパと弟と見たことがあって。そしたら、パパのこと、思い出しちゃって」
口を尖らせてうつむく結を見て、ツナグは「ホームシックだ」と納得したように頷いていました。縁はそんな結から目が離せませんでした。
白・赤・青。様々な色の家壁や均一に停まる車を眺めながら、三人はホテルに向かって歩いていました。試合は明日行われます。
「結ちゃんのお父さんってどんな人なん?」
「えっとね……」
前のツナグが止まっていたので二人も足を止めます。目の前には公園があり、そこで写真撮影が行われているようでした。
「あっ。コスプレの撮影してる」
「コスプレって、アニメとかのキャラクターと同じ格好するやつ?」
「そうそう」
「すっげー! オレ初めてみた!!」
縁がキラキラと尊敬の眼差しを向けると、撮影していたコスプレイヤーの一人が縁たちの方を向きました。控えめな髪型と綺麗めなスーツの青年風のコスプレイヤーと、大きな帽子と青いドットの可愛らしい服を着た少女風のコスプレイヤー。目があった縁と結は反射的に会釈をすると、二人は白い歯を覗かせて爽やかに笑って手を振りました。縁は手を振り返します。
「縫戦祭のプランの中にレイヤー用の撮影が組まれているんだよ。この日にちにこの場所で撮影するから撮影したい人は応募してねってやつ。作品は著作権の関係で許可が出ている作品のみで……」
「すげーすげー! オレ、あのアニメ知ってる!」
「あのアニメ、衣装が可愛いんだよね。懐かしいな〜」
ツナグがスマートフォンで縫戦祭のページを開きながら、その作品を懐かしがっていました。
そんなことがあった次の日。縫戦祭四日目、チェコ・スーロ大会。管理神は過去の管理神スーロ。依頼内容はぞうきん。
「管理神様もお掃除をするんですね」
「情報によると、管理神が住んでいる空間の掃除は全て彼が行なっているようですよ! うちの部署も掃除して欲しい〜〜」
「彼らも部屋を片付けるという習慣があるんですね」
剛石がそう言って顔を上げると、スーロは白い二本の毛糸を指に回し、形を作っては空にかざしていました。まるで細長い雲のようです。それを崩して再び新しい形。慣れた手付きで象っていきます。
「……。」
剛石は顎に人差し指を当てて、その様子を眺めていました。どうやら驚いているようで、それに気付いたスーロは、大きな手と毛糸を解説側に向けます。
『ははっ! 管理神があやとりしているのが不思議か? 人類よ。この糸はお前の国が寄贈してくれたものだ。ほら、これは星!』
二つの糸を器用に指で通し星を作り出すと、剛石は「お上手ですねえ」と小さな拍手を送ります。その横で生田は「お世辞は彼のためにならないですよ!」とはっきり言いました。
『聞こえてるぞ、生田』
「あ、やっべ」
ゴッドタイフーンはなんと第一試合。緊張した様子の縁と落ち着いた様子のツナグ。そして、下を向く結の姿がありました。昨日からどうも調子がおかしいようです。縁は何度も話しかけようとしましたが、言葉を選んでいるのか踏ん切りがつかないのか、結局何も聞けませんでした。
そんな不安な気持ちを抱えたまま、ゴッドタイフーンはフィールドに立ちます。
「チェコ・スーロ大会第一試合! 期待の新星ゴッドタイフーンvsコスプレイヤー軍団〆切厳守の対決! おや、〆切厳守の選手……」
対戦相手である〆切厳守側にはショートヘアの女性と縁と同い年くらいの少女、そしてスーツに身を包んだ高齢の男性が立っていました。
「彼はコーチでしょう。キングテーブルの社長さんに似ていますねえ」
「えっ。あの伝説の?」
二人の会話を聞いてか、カメラが男性を映し出します。男性はそれに気付いたのか、口髭を優雅に触りながら咳き込みます。
「ふぉっふぉっふぉっ。わしはただの保護者のジジイじゃよ」
「ただの保護者のジジイさんのようですよ」
わざとらしく笑い声をあげて告げるアーサーに、生田はあっさり興味を手放したようです。
「彼は失礼な若者ですね」
「まあまあ」
アーサーが本来の口調で述べると、女性がなだめていました。
「あずねえ。あの子たち、昨日の撮影見てた子たちだよ! わたしたちのこと分かるかなあ?」
「分かったら悲しいわ〜〜……」
「どうしたの? さっきからキョロキョロして」
「石火丸くんがまだ来ない……」
「大丈夫だよー。きっといつもみたいにシュッシュッ!って現れるよー」
女性……名は花乃木梓と言います……が、チームメイトの方を振り向くと、騒がしかった会場がシン……と静まり返ります。
縁も唾を飲み込んでいました。梓は少女、ナタリーが指さす方向を振り向くと……そこには忍者がいました。顔を狼の面で隠していますが、闇夜に混じりそうな忍び装束は正真正銘、忍者の証です。忍者はミシンの前で止まり、一礼して入っていきます。
「忍者だ」「ブラジルの忍者でも忍者の格好してないのに」「あれはガチの忍者」
会場が突然の忍者と共に喧騒を取り戻しつつあります。それと同時に、刺繍が印象的な民族衣装に身を包んだ審判が現れました。忍者は審判に問います。
「審判。遅れて申し訳ない。出場は可能か?」
審判はしばらく黙り「〆切厳守、先鋒、石火丸」と彼の名を読み上げます。
「問題ない。次からは気をつけるように」
「かたじけない」
忍者、石火丸は審判に一礼すると、梓たちの方へ向かっていきます。〆切厳守と合流した石火丸を見て、縁は興奮気味にツナグに話し掛けます。
「すごい……本物の忍者‼︎」
「ござる口調じゃないんだねえ」
二人とは反対に、結の顔は青ざめていました。
「先鋒、前に」
〆切厳守からは石火丸が、ゴッドタイフーンからはツナグが出てきます。
「よーし。初陣を飾るぞ〜」
「あの……ツナグさん」
意気込むツナグに、結は話し掛けます。
「ん? アドバイス?」
「アドバイス、というか……最初のジャンケン、絶対勝ってね」
「???」
ツナグはよく分かっていないようでしたが、親指と人差し指でOKサインを出しました。
互いに礼をして、先攻後攻を決めるジャンケン。ツナグは結に言われたことを思い出してか、気合いを入れようと拳を握ります。結果はグーとパーで負けました。二人がお願いします、と一礼し、石火丸がセットと言って構えます。
「結ちゃん、あの人知ってるん?」
ツナグは構えました。最初は攻撃を受けるために軽く構え、次からは本腰を入れました。
「あの人、すごく早いよ」
会場が再びざわつきます。対戦相手のツナグが一番理解していないようでした。透明のバリアにめり込んでいるツナグは後ろを振り向いて縁と結を見ます。
「こういうこと?」
「そういうこと」
仮縫いゲージは完成。ツナグは先程の一撃を受けて負けてしまいました。
「石火丸さん、ビュンビュンぶっ飛ばした」
ナタリーが腕を回しながら茶化すと、石火丸は首を傾げました。
「彼ならあのくらい耐えると思ったのだが……」
「あの構えは始めたばかりの初心者ですよ。それにしても、どういう風の吹き回しですか? 試合には必要最低限出ないと言っていたでしょう」
アーサーが問うと、石火丸の視線は縁に向いていました。
「彼と針を交えたかっただけですよ」
「はい! 実況するまもなく終わってしまいました‼︎ こんなことってあります?」
「実力差があって防御をちゃんとしないとこうなります」
「裁縫技恐ろしい! さて次は中堅戦! 針本結選手と花乃木梓選手の対決です‼︎」
自分の番となり、結は前に出ます。その顔はいつもより険しく、胸に手を当てて浅く呼吸をしています。
「結ちゃん」
そんな危うい彼女を縁は呼び止めますが、彼女は前を向いたまま手を出して待ったを掛けます。まるで近付かないでと言っているような。
「大丈夫」
ただその一言を残し、結は試合に臨みました。
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