ナツヒの夏休み

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「ナツヒッ!お前原稿どうなってんだよ!?」 「すみませんっ、まだ書いてて・・・・」 「お前じゃアカンわ。吉原、お前原稿どうなってる!?」 「あがってます。予備のネタありますよ、上げましょうか?」 「頼むわ。ナツヒ、お前あとで会議室こい」 「はい・・・・」 ナツヒは疲れ果てていた。 出版社に勤めて7年目だ。 7年間、風邪をひいた以外で3日以上休んだ事はない。 都会に憧れて田舎を出たのではなく、田舎が嫌いで都会に出た、というほうが正しい。 ナツヒは編集長と話し合って、ずっと手をつけずに溜まった有給を消化することにした。 「ついでに溜まったストレスも発散して来い」 編集長にはそう言われたが、正直ナツヒは億劫だった。 あの田舎に7年ぶりに帰る事も。そして、これからの人生の身の振り方を決める事も。 特急列車で5時間。 乗り換えて鈍行列車で2時間。 エンジ色の鈍行列車が深緑の山の中を走っていく。同じような景色が延々と繰り返されているように見えていたが、急に目の前が開けた。 大きな川が流れていた。 ナツヒの脳裏に最後にこの川を見た時の事が思い出されてきた。 7年前に田舎を出たあの日だ。 もう2度と生まれ育った田舎には帰らない。 強くそう決めて、ボストンバッグ1つを膝に抱えて列車に揺られていた。 あれから7年。 田舎も少しは変わっただろう・・・と駅に降り立った。 が、デジャヴですか?と言いたくなるくらいに全く変わっていなかった。 無人駅は7年前のあの日のまま時間が止まったみたいに見える。 深い山々の緑色が迫って来そうでナツヒは武者震いした。ミンミンゼミの大合唱が夏の暑さに拍車をかける。 誰も居ない改札を抜けると、黄色いワーゲンが1台停まっていた。 「ヨッ!ナツヒ!!」 車の中から若い男が出てきて手を振った。
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