二章、玉座の上の娼婦

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十話  がたり、大きく体が動く。  うつらうつらと目を開けると、酷い光景。  汚ったない……馬車か? 暗い茶色、焦げたみたいな色の木で囲まれた、がたがたと動く場所に閉じ込められてるようだ。  口と手足に縄。厳重なことで何よりだ。  同行者は数え切れない小動物の死体。骨になってるのもある。そして、四人の人間。人間と言っていいかわからないが、姿形は人間だ。  俺と同じ、胡人と呼ばれる奴らだろう。金髪に白髪、赤茶色の髪、くるくると上に広がる髪。  目の色は見えない。何しろ彼らは死んでいる。うつ伏せで寝かされているから、俺から見えるのは髪の毛、背中と足。全裸だ。肌の色もよく見える。 『……こ、かた、が……ぎゃは、は、はは』  俺の頭の方。進んでる方だ。  汚ったない木を挟んだ前方から声が聞こえる。この馬車を動かしてる奴だろう。下品な笑い声だけはっきり聞こえるのが苛つく。 『な、が……きだ』  道が悪いらしい。がたがたとうるさく進む。  がたがたと馬車が揺れる度に、小動物と同行者たちもされるがままに右往左往。自由に体を動かせない俺も右往左往。 『どーでも……が、うまい話、のら……と、な』  右往左往してるうちに体が向きを変える。  木と木の間から光が漏れてる。そこに耳をぴったりとつける。動かないように手で床に刺さってる何かを握りしめる。 『あの弟王ってやつ、噂通りの悪人だ』 『あぁ、だが、そのおかげで俺らは遊んで暮らせるんだ。いっそ弟王一人で王になった方がよかったりして』  ぎゃははは。下品な笑い声が耳に突き刺さる。  馬車にいるのは俺と大量の小動物、そして四人の胡人の死体と馬車を操る男二人。  弟王か……その言葉が指す人物、そして俺の視界に最後に映ったやつ。  間違いない。これは燐灰様……様つけるの癪だな。燐灰の指図。  痛っ。  手に鋭い痛み。首を必死に動かして手を見ると、真っ直ぐな切り傷から血が流れてる。  俺が体を固定するために握っていた何かは短剣だったらしい。  俺は短剣と相性が悪い。女王サンの短剣を思い出して恨めしく思いつつ、肩ごと腕を左右に動かす。  これで縄が切れれば逃げられる。 『……こいつ阿呆か?』  しまった。集中しすぎて馬車が止まったこと、戸が開いたこと、一気に明るくなったこと、男達が入ってきたこと。  全てに気づかなかった。必死に縄切ってた。 『何逃げようとしてんだよ、琥珀』  光に目が慣れてきて、男達の顔が目に入る。  琥珀、俺をそう呼ぶのはあの売春小屋にいた奴らだけ。あの、忌々しい記憶が詰まった、最低なくそ野郎達の住処。  ……琥珀。もう呼ばれることも聞くこともないと思ってた俺の名前。忌々しい名前の意味が宝石からとったものだったとは。  何が美しい宝石だ。何が美しい目だ。この目のせいで俺がどんなに酷い目にあってきたか。 『なんだ、俺のケツが恋しくなったか? 脳なしのくそ野郎共』  動揺を悟られるな、俺はもうあの頃の俺じゃないんだ。大丈夫、大丈夫だから強さを演じろ。  あの時の俺を思い出せ。強かったろ、俺自身もびっくりしたしくそ野郎共もびっくりしてた。  俺は、俺は強いんだ。 『何だこの体の傷、俺たち以外とも遊んでたのかよ。お前のケツだけは人気があるらしい』 『早くしろよ、お前が終わらねぇと俺が暇になっちまう』 『まぁそう急かすな。久々の再会だ、ゆっくりほぐしてやろうぜ』  最低だ。相変わらず最低。  お前らも、俺もみんなまとめて最低のくそ野郎共。  自分の性欲処理のことしか考えられないお前らも、されるがままの俺も、みんな殺してやりたい。  あの時に殺したはずだ。あの場にいる全員殺した。  あの時の俺は思ってもみない力で、十人以上いた奴らを殺せた。俺は一人だったのにみんな殺せた。  強いって錯覚したんだ。俺はお前らとは体の作りが違う。お前らは俺を差別するが、本当は俺の方が強い。  俺はお前らのことをこんな簡単に殺せる。  未来に夢を見てた。希望を抱いて走り出した。逃げた先は凌寧という名の国。凰国とは比べものにならないぐらい小さな国だった。  逃げ出したはいいものの、俺の目立つ見た目は凌寧でも邪魔した。 『ああ、本当、名器だよなぁ。お前もそう思うだろ? なぁ!』  ケツが痛い。無理矢理突っ込まれて、叩かれて、好き勝手されて。  殺してやる。こいつら絶対に殺してやる。 『言うほどでもなくないか?』 『お前との相性が良くないんだよ。俺とは最高に良いらしい。俺との時の方が出る回数多いからな』  生理現象だよ、くそが。ない頭働かせろ……くそが!! 『獣のような行為だ。汚らしい』  馬車の外から聞こえる声。  お前、お前が一番のくそ野郎だ。燐灰。 『王様、このようなところで』 『その見苦しいものを仕舞え。誰だと思ってる』  男達は言われるがまま急いで服を着る。  俺も全裸なんだが……布でもいいから被せてくれ。 『この男で間違いないな?』 『はい。間違えありません。この男が俺らの小屋を崩壊させた男です。主人は琥珀と呼んでおりました』 『売春小屋如きどうでもいいのだが、この国の商品だったものを凌寧に逃がしたままにしておくわけにもいかない』  男二人は燐灰にへこへこと頭を下げてる。  俺は自分の全裸とそいつらを見てる。体の向き的に体も目に入るんだよ。どうにかしてくれ。  足の縄は取られてるが、腕は縛られたまま。無理矢理色んな体勢をさせられたから、体中痛い。  背中に回されて縛られてる腕は俺と地面の間に挟まったまま。ズキズキと鈍い痛みが酷くなっていく。 『それで……その、報酬というのは』 『早まるな。まずは男を引きずり下ろせ』  俺は物じゃない。  そう言いたいところだが、そうもいかない。否定してやりたいが悔しいことに事実だ。  俺は物だ。奴隷ってのはそういうもんだ。  意志を持っても、希望を持っても、勝手に死ぬことさえも許されない。主人の思うがままに。それが奴隷だ。  足を引っ張られて雑に馬車から落とされる。  背中に何かが刺さった。馬車から地面に落ちるとまた何かが突き刺さる。頭も打った。ぼうっとしてくる。 『金水に凰国に来るのは初めてと言っていたな? 凰国語がわからないような曖昧な態度もとっていた。それほどまでにお前は凰国にいた過去を知られたくない、ということだ』  この性悪くそ野郎。金水さんとの会話を盗み聞きしてたな。 『王様、なぜ琥珀を……その、知っていたんですか?』 『……金眼の者が売春小屋の者らを殺し、逃げ出したという話は聞いていた。それを許していては私が舐められる。兄である金剛と共同統治者である私はこの国の商売を取り締まりを任されている。秩序を維持せねば』  燐灰は全裸で地面に転がる俺を汚いものを見るような目で睨むと、力いっぱい蹴る。  蹴られた反動でうつ伏せになると、次は背中に足をのせてごりごりと足を動かす。背骨に響く。  痛いなんてもんじゃない。わざと傷があるところに足をのせてるらしい。じんじんと熱を持ちながら、痛みが背中を走る。 『そして、年月が経ってから翡翠が金眼の狗を飼いだしたと聞いた。玉座の上の娼婦と呼ばれるあいつならば、そのような狗を気に入り自分の物にするのも納得がいく。あらゆる男と交わった汚らしい女だ』 『あぁ、翡翠ってのは凌寧の女王のことですか。玉座の上の娼婦とはよく言ったものです』 『そうだ。あの女は玉座に似つかわしくない穢れた売女。あの女にぴったりの売春宿をいくつも知ってる』  燐灰の話に男達はぎゃははと笑う。  知らねぇよ。今は女王サンとかどうでもいいだろ。 『琥珀よぉ、どんな気分だ? またその体を使ってやったんだ』 『あぁ、そうだな。けどさ、女王サンの方がもっとずっと良かったな』  強がれ。弱さを見せるな。  このくそ共に弱みを見せるな。俺は強い、大丈夫。この中で一番背が高く、そして体格もいい。大丈夫。俺が本気を出せばこんな奴らすぐに殺せる。  今は待て、大人しくしてろ。こいつらに噛み付く絶好の時を伺うんだ。  それまでは何でもされてやる。こいつらを殺す快楽を想像してればなんでも我慢できる。 『何もついてない女に負けてんの悔しくねーか? なぁ、俺のケツなんか使ってないであんたらも上玉の女捕まえてみろよ。世界が変わるぞ。お前らが今まで感じてた快楽なんかくそってことがわかる』  この男二人は女を相手にしたことがない。勝手にそう決めつけてるが、事実、相手にされないんだろう。見るからに金がなさそう奴らだ。売春宿にも行けないんだろうよ。 『なぁ! 女相手にしてみろよ!? まぁお前らみたいなやつは相手にされないか』  俺はうつ伏せだ。うつ伏せで男達に向かって吠えてる。かっこ悪い見た目だが、それでいい。 『もう一度言ってみろ』  男の低い声が聞こえる。もう一声。 『お前らみたいなくそは女に相手されねぇよなぁ!?』  男が俺を掴んで首を絞める。  目が合う。にやり、俺が笑うと男は一瞬怯むがもう一度腕に力を入れ直す。  俺の足が自由なの忘れてるだろ。このままこいつのことを……。 「ご苦労。用済みだ」  燐灰の声が聞こえて目を開ける。  俺は目を閉じてたのか……いつの間に? それに目が痛い。なにか入ったか? なんて思ってると、どさりと足から落ちる。身構えてなかった俺はだらしなくその場にしゃがみこむ。  どさり。もう一度地面に何かが落ちる。  それはごろごろと転がり、俺の目の前で動きを止める。  首、首だ。男の首。 「私はお前を助けた恩人だ。忘れるなよ」  燐灰は俺を立たせて腕の縄に解く。そして柔らかい服を渡す。 「宮殿に戻る。付いて来い」  ゆっくりと歩き出すと、背中の痛みが蘇った。
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