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金剛
嘘であってほしい。誰かが陰謀を企てているだけ。そう願わずにはいられない。そうであってくれと思わずにはいられない。
「なぜ、翡翠が死んだのか。何を望んでいたのか。それをどうぞお忘れにならないでくださいまし」
「……少し一人にしてくれ」
「失礼致します」
王妃が室から出たと同時に、体がずしりと重くなり、思わずだらしない姿勢になってしまう。
「王様、どこか体がお悪いようでしたら主治医をお呼び致しましょうか?」
「いい、気にするな。一人で考えごとがしたい。お前たちも外で控えていろ」
「かしこまりました」
宦官と女官たちも外に出す。
久々に一人になった気がする。女官たちはともかく、長く仕えてくれている宦官までも遠くに控えさせるのはいつぶりだろうか。
「翡翠、なぜ何も教えてくれなかった?」
独り言を呟いたとて、人は誰もいない。それどころか、聞きたい相手、翡翠はもうこの世にすら存在していない。
翡翠が倒れてから女王代理として認めた翠という男、あの男は翡翠を殺して凌寧の王座に座った。
大事な友人を殺した男など許せないが、それは金剛の考え。凰国の王としての考えではない。
凌寧が凰国の敵になるまでは、あの男が王であることを認めるつもりだ。
だが、燐灰。大事な弟よ。お前は別だ。
『翡翠は燐灰に毒を盛られて死にました』
王妃がなぜそんなことを知っているのか、真実なのか。王妃の言葉を聞いた時は判断ができなかった。
だが、それは凰国に関係のない話。属国の王が誰であろうと、宗主国である我が凰国に歯向かわなければそれでいい。
『お義父様とお義母様、そして王様御自身と私。皆燐灰に毒を盛られています』
思わず王妃に近づいた。手を握りしめて、顔を近くして目を見つめた。
王妃の顔色が最近悪いのは知っていた。王女と遊んで疲れているのだろう。私はそんなことしか思っていなかった。
『茶呂の体調は大丈夫なのか!?』
『……私よりも、王様の玉体を心配せねばなりません』
王たるもの、何事にも慌ててはいけない。顔色を変えてはいけない。動揺を悟られてはならない。
即位してからずっと守り続けていたことを、初めて守れなかった。破ってしまった。
『すまない、取り乱した』
王妃から話を聞くと、私自身に毒を盛られてるというのは本当らしい。
王妃が言う症状は全て当てはまった。数ヶ月前までの私が苦しんでいた症状だ。だが、今はもう消え去っている。
『私が手を回して王様への毒は取り除くように命じております』
王妃が私を守ってくれていた。その事実を知っても、私はただ冷たく礼の言葉を伝えるだけ。
王たるもの、感情を簡単に表に出すものではない。
『私に盛られている毒は取り除いておりません。もしかしたら、王女を身ごもっている時から盛られているかもしれません。ですが、私と王女を犠牲にしても王様のことはお守り致します』
本当は大事な茶呂がまだ毒を飲んでいるということを咎めたい、怒りたい、幼い王女にそんな役目を押し付けずに父である私が守ってやりたい。
だが、私は王なのだ。この大国、数々の国を属国として従える凰国の王。
金剛としてではなく、王として、私は生きねばならない。
何よりも王という存在が大事で、何よりもまず守るべきなのだ。王妃もそれをわかっているから、燐灰の目を欺くために毒を飲み続けているのだ。私を守るために。
「……ただの金剛でいた方が、ずっと楽に幸せに生きれたな」
金剛だったなら、燐灰は恐ろしいことをしなかったかもしれない、堂々と茶呂の名前を呼んで、王女とも毎日共に過ごせたかもしれない、翡翠とも大事な友人として会うことができたかもしれない。
全て、かもしれないんだ。王でなかったら、きっと茶呂にも王女にも翡翠にも出会えなかった。
だが、王でなかったら。そう考えられずにはいられない。
「だが、私は王だ」
王になるために生まれ、王になるべく育てられ、王のまま死ぬ。それが私に与えられた役目。
王となって、何か判断を間違えたなどと思ったことはなかったが、燐灰。お前を共同統治者として指名したこと、あれだけはどうやら過ちだったらしい。
同じ母を持っているからこそ、燐灰が殺されないように権力を与えて守っていたつもりが、私は燐灰という男のことをわかっていなかったらしい。
私だけならばまだ良かった。私が死んでも、燐灰が志を改めて善政を尽くしてくれたかもしれないと期待を持てた。
前王である父と、国母である母。王妃である茶呂と王女。そして凌寧の女王翡翠。
燐灰が毒を持ったのは王として許せない者ばかり。
前王夫婦と現王夫婦への謀反。死罪は免れない。
私も許す気はない。
「王命を下す、用意をしろ」
室に呼び戻した宦官にそう伝えると、宦官は辛そうな顔をして御意にと頭を下げる。
「すまないな。お前にも辛い思いさせてしまうようだ」
「いいえ、私は王様に仕えるために自宮した身。王様の決定に従うまでです」
幼い頃から仕えてくれた者だ。この者は私と燐灰のことをよく知っている。
知っているからこそ、この者も燐灰を殺すのに何も思わずにはいられない。
「王たるもの、お前はよくそう言って私にたくさんのことを教えてくれた。この決定を父上も認めてくださるだろう」
「えぇ、私も王様と同じことを考えておりました」
王妃のためにも、翡翠のためにも、私は王であり続けよう。強い王でいよう。
それでなければ、私が燐灰を殺す意味がなくなってしまう。
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