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赤鉄
祖父に対して抱いた感情を一言にして表わせと言われたら、即座に無理と言うだろう。
それぐらい祖父に対しては色んな感情を抱いた。
幼い頃は会う度に可愛がってくれた祖父が大好きだった。何をしても怒らず、俺がしたことを全て笑顔で受け入れてくれた。祖父の家に遊びに行くのが楽しみで、会うだけで幸せな気持ちになれた。
父を殺された時、その感情は全て消え去った。あんなに優しかった父がなぜ死んだのか。なぜ実の親である祖父が父を殺したのか。何もわからなくて、ただただ祖父を恨んだ。呪った。酷い死に方をしろと毎日願った。
だが、時が経って、様々なことを知った時、どう思えばいいかわからなくなった。
俺にとって優しかった父は、世間から見るとそうではなかった。
あまり家にいなかったのは王宮での政務が忙しいからだと思ってたが、実際は毎日女遊びをしていたから。父が手を出していたのは遊女だけではなく、様々な貴族の妻や娘、そして手を出してはいけない女官たち。
祖父は父を跡取りに指名していたが、跡取りの指名を取り消した。それだけでは父の行動は変わらず、家名に傷をつけるばかり。
だから、祖父は父を殺したのだ。
祖父が悪い。そう思っていたのに、そうではなかった。全ては優しいと思い込んでいた父が悪かったのだ。
『貴族なんて、みんな死んでしまえ』
祖父の家に新年の挨拶をしに行った時、偶然出会った手足を縛られた少年。そいつは俺を見ただけで顔をゆがめて、呪いのように言葉を吐き出した。
『お前らのせいで俺は母と引き離されたんだ』
その時は母に呼ばれてすぐに少年の前から立ち去った。だが、時が経ってもあの少年のことが忘れられずにいた。
なぜ、あいつは祖父の家にいるのか。汚い室に手足を縛られて閉じ込められてるのか。なぜ貴族を毛嫌いするのか。
色々探っても全然わからない。どうやっても情報を集められない。
諦めの悪い俺はまた祖父の家を訪れて、こっそりと少年に会うことにした。
『俺は赤鉄。この家の主、黄鉄の孫』
『だからなんだよ』
『俺は名と身分を明かした。お前も明かせ』
『嫌だ』
早く言え、嫌だ。いたちごっこは終わることなく、少年も折れてくれず、結局は俺が折れる羽目になった。
『なら! お前を助けてやる。だから、お前がなぜここにいるのか言え』
これまた少年は信用してないと口をとがらせていた。ならば、と俺も苛立って大声で怒鳴りつけた。
『じゃあ、俺がお前を助けてやったら教えろ。いいな!?』
埒が明かないとその日はその言葉を吐き捨てて少年の元から離れた。
それから俺なりに調べて、味方を増やして、何とか祖父の家から少年を逃げさせることに成功した。
少年もやっと観念して、色んなことを話してくれた。
祖父が少年の父親を利用して殺したこと。少年は母親と引き離されたこと。三年も閉じ込められてたけど、母親に会いたい一心で生き続けたこと。
『……お前の母親、とっくに死んでるぞ』
少年の母親もまた、父親と同じで祖父に利用されて殺された。違うところは、父親に直接手を下したのは祖父で、母親は女王に手を下されて殺されたということ。
母親に会いたいという気持ちだけで生きてきた少年は、嘘だとか、信じられないとか、そんなことは言わなかった。取り乱しもしなかった。
『……なんで』
その言葉をつぶやくと、ふらふらとどこかへ歩き出した。
追いかけようとした、声をかけようとした。だが、足が動かなかった。なんて言えばいいかわからなかった。
父が殺されたと知った時、俺はどんな言葉も受け入れられなかった。母の言葉ですら聞きたくなかった。
ただ一人で気持ちを整理したかった。
だから、俺は声をかけられなかった。そして少年はどこかに姿を消して、俺も探そうとしなかった。
それなのに、
『黄鉄殿の孫、赤鉄だな。少し話がある、つきあってくれよ』
見知らぬ男に話しかけられてから、俺の人生はすっかり変わる。
その男は女王に買われた奴隷で、男は俺にあの少年を支えてくれって言うんだ。
少年は何とか生きてるが、このままだと野垂れ死ぬ。少年には偉大な人になってもらうんだって。
『俺の宝物を守りたいんだ』
あの少年と同じ色の目をした男は、自分が死ぬというのに、なんとも楽しそうに話していた。
『でも、俺は……』
『権力を持ったら狂うと思ってるんだろ? 大丈夫、みんな権力を持ったら平等に狂うもんだ。けどな、黄鉄殿の血を引くお前なら、間違った狂い方はしないと見込んでる』
祖父がどれだけすごい人か、恐ろしいと思うほど知っていた。
自身の権力なんて、家を大きくしたいなんて思ってない。王家と繋がりを持つために娘や妹を王族に嫁がせることだってできたはずなのに、祖父はそれをしなかった。
誰よりも国を思ってるから、誰よりも恐ろしい選択ができる人なんだ。
『頼むぞ』
勝手だなと思ったけど、少年に死んでほしくなかった。
このまま死なれたら、俺が骨を折ってまで助け出した意味がなくなる。水の泡になる。
ふざけんな。俺が助けてやった命を粗末にされてたまるか。
それから、俺は本を読み漁って、貧しい人達の暮らしを見て周り、祖父に教えを乞い、正しく権力を持てるために学び続けた。
女王が殺されて、最悪の暴君と呼ばれた王が国を混乱に導き、ついには民衆に王が殺される時まで、俺はただ学び続けた。そして、ついに俺の役目を果たす時が来た。
『よぉ、やっぱり出てきたんだな』
あの時の少年は、随分時が経ったというのに、ろくに食べてないからか、がりがりの痩せっぽっちで全然成長してなかった。
こんな子供を、未熟な奴を、放っておくわけにはいかない。
そして、少年が持っていた男の日記。それを読んだからには、俺は、俺たちは、あの男の望みを叶えたい。その気持ちに駆られた。
『……琥珀』
『ん? なんか言ったか? 声が小さくて聞こえない』
『……今日から俺の名前は琥珀だ。菫青じゃない、琥珀』
がりがりの菫青は、あの日から琥珀と名乗って、男の望みを叶えるために、必死にがむしゃらに歩み始めた。
俺はそんな琥珀の隣を同じ速度で歩み、時に前に立ちはだかって間違った道を進まないように導いた。
いつの間にか、泥棒を家業にしてた男、黒曜も仲間に加わった。
黒曜はあらゆる言語を話すことができて、泥棒をしていた経験から憑依したのかと思うほど別人に変わることもできたし、相手が何を望んでるのかを一瞬で判断できた。
俺だけじゃ不安だったけど、黒曜も志を共にして歩みを合わせてくれた。
黒曜がいてくれたからこそ、俺は役目を果たそうと改めて思えた。
あの男が俺に望んだ、俺が果たすべき役目。
大丈夫、大丈夫だよ。俺は黄鉄の孫だ。白鉄の、大馬鹿者の父の血も継いでるけど、真っ直ぐ正しくて強い母の血も継いでる。
大丈夫だから安心してろ。
俺が、琥珀を手助けするから。お前の望む琥珀になれるよう、一緒に進んでやるから。
だからさ、もう、安心して眠っていいぞ。
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