一章、暴君と呼ばれる女

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三話  女が出ていった後も、頭と呼ばれた女は頭を下げ続けていた。いつまで頭下げてるんだよ、と思わせるぐらい長い間。 「さて、改めまして、初めまして翠様。私はこの商団をまとめております、金水(きんずい)と名乗る者。よろしくお願い致します」  金水さん、と名乗った女はまたもや深々と頭を下げる。 「えっ、あの、いや、えーっと」  俺は慌てていた。多分、今までで一番慌ててる。  俺は今まで奴隷だったわけで、誰よりも下の身分で、それは今も変わらない。そんな奴隷の俺に頭を下げる人なんていない。つまり、俺は目の前で頭を下げられているこの状況をどうすればいいかわからない。 「金、水……さん?」 「はい、なんでしょうか」  とりあえず頭を上げてほしくて名前を呼ぶと、金水さんはかしこまった口調のまま頭を上げて俺を見る。 「えーっと、ですね……」 「私の態度や口調がむず痒いのでしょう?」 「……その通り、です」  金水さんは言わずとも俺の気持ちをわかってくれた。すごい。 「ですが、慣れて頂かなくてはいけません」  わかってくれたけど、やめてはくれないらしい。俺としてはやめてほしい気持ちしかない。 「翠様はこの国を治める方となるのです。このような口調や態度などが当たり前のことになって頂かなくてはいけません」 「治める、方?」 「はい。翠様にはいずれ、この国を治める王となって頂きます」  治める、王となって、頂く? 「王となるための教育を、僭越ながら私めが務めさせて頂きます。まずは三日間でこの国、凌寧(りょうねい)の状況と、宗主国と呼ばれる隣国、(こう)国についての全てを覚えて頂きます」  王と、なるための、教育? 「その後は蛍と共に、途中からは翠様お一人で王宮へと向かって頂きます」 「王宮に向かうんですか……?」  質問したいことはたくさんある。山ほどある。ってか、金水さんの言ってること全部に質問したい。  だけど、俺が一番に声に出して聞いたのは王宮に向かうってやつ。どうやら俺はそれが一番気になったらしい。 「はい。王宮に向かい女王様の元で暮らしていただきます」 「女王、サマ?」 「その様子ではあの方は名乗っておられないのですね」  金水さんは当たり前のように、朝の挨拶でもするかのように言葉を続ける。 「先ほどまで翠様と共にされていた方。翠様を買い取り、蛍に玉と呼ばれていた方、あなた様を翠と名付けられた方がこの国を治める女王様にございます」  金水さんの話はなるほど、とすぐに納得できるものではなさそうだ。  あの暴力女が、ババアに化けてた女が、俺の腕を刺した女が、この国を治める女王? んなこと言われたってそう簡単に信じられる話じゃないだろ。 「あれが国を治めてるんですか?」 「はい」 「あんな暴力女が国を治めてるって、いくらなんでも無理があるでしょう」 「……翠様がなんと仰っても、真実が変わることはありません」  金水さんは手を顔の高さに挙げる。そして人差し指を立てて、残りの指を握る。 「暴君」  そう言うと、中指も立てる。 「(やもめ)」  薬指、小指、親指。五本の指を伸ばしながら金水さんは言葉を並べる。  言葉の意味はよくわからない 「売国奴、醜行の者、玉座の上の娼婦」  金水さんは指を伸ばしたまま、少しだけ顔を暗くする。 「などと国民に呼ばれているのが、この国を治めている女王様です」  金水さんの言ってた言葉の意味がわかるほど俺は賢くない。文字も読めない俺がそんな賢そうな言葉の意味がわかるわけもない。  けど、金水さんが言ってた言葉たちは女王サンを馬鹿にしている悪口だということだけはわかる。 「なーるほど。あんな人が女王だって言われても信じられなかったんですけど、今ので納得しました」  金水さんは何も言わずに俺を見つめる。なんだか居心地が悪い。俺は布団から出て、金水さんが座ってる向かいの椅子に腰掛ける。  同じ目線になると、金水さんは俺よりだいぶ小さいのがわかる。 「あんな暴力女が国を治められるはずもないんです。言葉の意味はわからないけど、国の人達が悪口を言うのは当然でしょうね」  あの暴力女がいないってのは楽だ。怯えなくてすむし、金水さんになら強気になれる。足を組んで頬杖をついている俺の態度を金水さんは怒ろうとはしない。  なるほど、この人は本当に俺を自分より上としているらしい。 「……そうですね。皆、そう思ってれば良いのです。それが一番幸せなのですから」  金水さんはそう言うとすぐ顔に笑顔を作り、俺と向き合う。優しい笑顔だけど、なんだか気に食わない。 「時間がございませんので、すぐに説明に入らせて頂きます」  金水さんは棚からでかい紙を持ってきて机に広げる。机から紙がはみ出してて端の方は見えない。 「これが我が国、凌寧の地図にございます。私たちが今いるのがここ、凰国との国境が近い地にございます。そして、これから翠様が暮らすことになる王宮はここ、この地より南にあり、国の中心にほど近い場所に建てられております。都と呼ばれていて、この国で一番栄えており、全ての人や物が集まる場所にございます」  金水さんが指さしている都という場所は、他の場所に比べるとごちゃごちゃと道が入り組んでるように見える。  そんな入り組んだ都の中心地に立派で赤い大きな建物が描かれてる。大きな門と長い塀にぐるりと囲まれた建物。これが、この国の政治を動かしてる人達がいる王宮らしい。 「女王様は前王と側室の間に生まれました。その側室は身分が卑しく、そして異国からやってきた者。翡翠(カワセミ)のような色の目を持つ者にございました」  一応、あんな暴力女でもれっきとした王族らしい。 「女王様は数年前まで凰国にて暮らしておりました。ですが、この国に戻り王であった父と、王子であった兄を殺害。そして、女王として即位致しました」 「うっわ、親殺してるんですか? そりゃだめだ」 「そうですね。この国では親殺しは禁忌。女王様はその禁忌をおかして玉座を手に入れた方。女王様を嫌っている人は数え切れぬほどいるのでしょう」  俺はこの国について詳しいわけじゃないが、親殺しをしてはいけない。そのことだけは知ってる。  なんかよく知らないが、とにかく親は大事にするものらしい。そんな親を殺してまで権力を求める人なんて、歓迎されるはずもない。 「そして、女王様は後継者を探しておられました。計画の一部として死にゆく、女王様を殺し、愚かな王となる者。それが翠様、あなた様にございます」 「……え? 今、なんて?」 「翠様は女王様を殺して王となって頂きます。王となった後は私を殺し、その他大勢の者も殺し、最後は御自身も殺される。それが翠様の役割にございます」  俺が女王を殺して、王になって、金水さんを殺して、他の人も殺して、自分も殺される? 何言ってんだこの人。 「それが女王様の望みにございます」 「……わけわかんないんですけど」 「女王様の考えを理解しようなとど思わないで頂きたい。翠様如きが理解出来ることではありません」  おやっ? 今、俺、馬鹿にされた? 「翠様は何も考えず、ただ、女王様に言われた通りに生きて、そして死ねば良いのです。それが翠様にできる唯一のことにございます」  何にも言い返す気にならない。  金水さんの目は嘘なんて言ってないように見える。この人とは会ったばかりでよくわからんけど、多分、今言ったことは本心なんだろう。  この人は女王のことしか考えてない。きっと、そんな頭のおかしい人なんだ。 「では、この国の今の政治状況ですが、宗主国と仰いでいる凰国との関係が」  俺はその後も金水さんの話とやらを聞いた。聞かされた。  じっとするのが苦手な俺は何度も逃げ出そうと動いたが、その度に金水さんが物を使って俺を大人しくさせてきた。  金水さんは自分は力がないから物に頼る他ないって笑顔で言った時、俺は思わず鳥肌がたった。  この国には暴力的な女しかいないらしい。
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