一章、暴君と呼ばれる女

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四話 「蛍、こちらの方の案内、よろしく頼むよ」 「お任せ下さい」  三日間、眠ることも許されず、俺は金水さんから色んな話を聞いた。聞かされた。  正直に言うと、眠過ぎてほとんど覚えてない。 「さっそく行きましょう! あ、えっと」 「……翠、です」 「翠様ですね! それでは翠様、よろしくお願いします。ご案内しますね」  小さい体で俺の前を歩いてる人、蛍さんと言うらしい。金水さんの部下なんだと。  俺は王になるために公の場に出す予定だから顔も声も誰かに見られたり、聞かれたりしたらいけないらしいが、蛍さんには見られてしまった。  金眼に色素の薄い茶髪。こんな姿の俺を忘れる方が無理な話だ。ならば、蛍さんにも協力してもらおうと言う結果にたどり着いたらしい。 「翠様はどちらの国からいらしたのですか?」 「……あまり、覚えていないんです。物心着いた時にはいろんな国を点々としていたので」  生まれた時から奴隷という人は少ないだろう。貧しさや金欲しさに親に売られたり、売人が親から攫ったり、後天的に自分以外の誰かの意思で奴隷にさせられる。それが奴隷になった人達の大半の半生だ。 「……そうなのですね。実は、私の旦那も翠様と同じ金眼なのです」  思ってもみなかった話に目をまん丸とさせてしまう。 「旦那はもう死んでしまったのですが、故郷の話をよく聞かせてくれました。とても雪深く寒い所だったけど、美しく大好きな国だったと目を細めて話していました。なので、翠様ももしや旦那と同じ国から来たのではと思ったのです」  うふふ、と優しく目を細める蛍さんの顔は懐かしそうにも見えるし、少し悲しげにも見える。  死んだ旦那さんと過ごした日々を思い出してるのだろうか。 「旦那さんとはどこで出会ったのですか?」 「私がお仕えしていたお屋敷で出会ったのです。とても体が大きかったので最初は姿を見ただけで逃げ出していたのですが、次第に優しい人だと気がついたのです」 「子供はいるんですか?」 「……いましたよ」  無神経だった。  子供がいたら可愛いでしょうとでも言って話を変えようと思っていたが、過去形。それはつまり、もういないってことだ。 「大丈夫です。寡婦でいることにも息子のことも慣れましたから、この手の話もよくするのです。翠様が気負うことではありません」 「……すみません」 「気にしないでくださいと言っているではありませんか。私は大丈夫ですから」  蛍さんの優しい目が俺に向けられる。  暴力女といい金水さんといい、奴隷としてこの国に来てから酷い目に合い続けてるけど、蛍さんだけは最初っから優しくしてくれる。  奴隷の俺にこんなに優しい目をしてくれたのは蛍さんが初めて。 「息子も旦那や翠様と同じく金眼だったのです。ですから、翠様にお会いすることができてとても嬉しいのです」  生きてたら翠様と同じぐらいの背になっていたりして、なんて蛍さんは明るく言う。  すごいな、蛍さんはすごい。  旦那さんも息子さんも死んでしまっているのに、こんなにも明るく元気に過ごしている。同じ金眼の俺を見て、嬉しいと言ってくれる。  とても強くてたくましくて、そして何よりも優しい女性だ。 「蛍さんの旦那さんと息子さんは幸せ者だったのでしょうね」 「……そう思ってくれていたら、そんなに嬉しいことはないです」  それから蛍さんとは色んな話をした……はず。楽しかったという感情だけは覚えているが、眠過ぎて何を話したかは覚えていない。蛍さんには悪いことをしてしまった。 「私がご案内するのはここまでと言われています。頭は目的地を翠様に伝えていると言っていましたが、大丈夫ですか?」 「……多分、大丈夫です」  自信なさげに俺が言ったからか、蛍さんは心配ですと言ってくれる。優しい。 「私は半刻ほどここにいます。もしわからなくなってしまったら、私と一緒に商団に戻りましょうか」 「えっ、でも、それじゃあ俺が戻ってこなかったら?」 「一人で商団に帰ります」  そんなの、申し訳なさすぎる。 「今、申し訳ないって思ったでしょう?」  蛍さんはふふっと笑いながら俺を見つめる。図星過ぎて顔を逸らすことしかできない。 「私のことなど心配しなくてもいいのに、翠様は優しい方ですね」  心配せずに行ってください。蛍さんはそう言うと俺の背中を軽く押す。  仕方なく少し歩き始めて振り返ると、蛍さんは優しく穏やかな笑顔で俺に向かって頭を下げる。  あんな人が家族だった旦那さんも息子さんも幸せ者だっただろう。  羨ましいという気持ちにしみじみとしつつ、俺も頭を下げてから前を向いて歩き始める。  地図を覚えるのは得意な方だ。そして、金水さんから教えて貰って覚えてる数少ないことの一つ。  今俺が蛍さんと別れたこの地は、都と近いとは言い難い。三分の一も進んでいない。  つまり、俺は三分の二以上の道のりを一人で進まないといけない。 「せめて、地図ぐらい持たせてくれ……」  覚えている、とは言えそれは平面に書かれた地図の話。地図は絶対に精巧なわけではない。実際に歩く距離や地形とは違うことの方が多い。  と、地図に文句ばかり思っているが、ないよりはある方がいい。地図があるとないでは天と地ほどの差がある。  今の俺が持っているのは水が入ってる筒に気持ちばかりの米。こんなんなら奴隷だった時の方が良かったのでは? と思い始めてしまう。  あぁ、俺は一体どうなる。不安しかない。 * 「ここが……王宮」  今の俺が感じてるこの感情を言葉にして表すのは無理だ。学がない俺は言葉を知らない。  ただわかることは、こんな所初めて見た、初めての感情を感じるほどにすごい、ということだけ。 「おいお前、いつまでここにいる気だ。通行の邪魔になる、どけ」  門の前にいた体のでかい男に怒られた。着てる服がそこら辺を歩いてる人と違う、門番なんだろう。 「俺、この中に用が……」  俺は学んだ。もう痛い目にはあいたくない。  暴力女は何があっても姿を見られるな、声を出すなと言っていたはず。声を出したら次こそ殺される。 「なんだ? なんで途中で言葉を止めた?」  うーん、声を出せないとなるとどうやって門番に俺のことを伝えればいいんだろう。俺は文字なんて書けないし……これは困った。 「ふざけてるのか? その頭巾を取って顔を見せろ」  門番はおろおろとするだけの俺の姿に痺れを切らして、怒り始めてしまった。  頭巾を深く被った顔が見えなくて声も出さない、おろおろとばかりする人。そんな人怪しいし怒るに決まってる。俺でもこの門番と同じことをする自信がある。 「私が呼んだ者だ。何か問題が?」  門の中、つまり王宮の中から声をかける女。もう二度と見たくない顔と聞きたくない声だ。 「あっ、いや……いえ、何でもございません」  門番は恐怖を顔に浮かべて背筋を伸ばしたまま固まる。  女王サンの意見に逆らう。それはきっと大男が固まるほど恐ろしいことになるのだろう。それで殺された人が大勢いそうだ。 「付いて来い」  暴力女は相変わらず短く言葉を発するだけ。俺の方を気にすることもせずにさっさと歩き始める。  右を見ても左を見ても、キラキラピカピカしていて目を奪われる。どこを見ても初めて見るものばかり。王宮、そんな大層な言葉にぴったりな豪華な建物が立ち並ぶ。  暴力女はそんな豪華な建物なんて見向きもせず、慣れた足取りで建物の間を縫うようにすいすいと歩く。俺は周りを見ながら歩きたいのに、暴力女に付いて行かないといけない。周りを見ながらも必死に暴力女の後を追っかける。 「ここが今日からお前の住処になる場所だ」  門からだいぶ歩いた所、王宮の奥なのだろう。一際目立つ建物。  建物の壁に所狭しと並んでいる茶色の宝石たちは、太陽が空高いところからこぼす光を余すことなく拾い集めて眩しいぐらいに光り輝いている。  壁をよくよく見ると、茶色だったり、黄色だったり、色の個性はあるが見れば見るほど目を引かれるほど美しく輝くばかり。中には植物のような物や虫と思わしき物が閉じ込められているのもある。 「この壁は?」 「琥珀」  暴力女は面倒くさそうに答えると建物の中に消えていく。俺もこの建物に入るんだよな……なんて気持ちでいっぱい。こんな建物見るだけでもお腹いっぱいなのに、入るなんて……だめだ、緊張してきた。  恐る恐る入口から建物の中を覗くと、外の壁と同じく、茶色い宝石が順序よく並べられている。  嘘だろ、と短い言葉を零すと俺は勢いよくその場で倒れた。
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