二章、玉座の上の娼婦

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二章、玉座の上の娼婦

六話  俺は奴隷だった。  間違いなく奴隷だった。誰がどう見ても薄汚い奴隷。妖魔の目と呼ばれる金眼を持つ俺を買い取るもの好きは現れないと諦めてた。  そんな俺を買い取るもの好きが現れた。  最初はババアだと思ってたのに、ババアじゃなかった。俺を騙して買い取ったのはこの国で一番偉い人。女王と呼ばれる暴力女。  俺はその暴力女を女王サンと呼んでる。様って呼ぶのは気に食わないからな。俺ができる最大限の抵抗だ。 「妖魔の目がなぜこのようなところにいるのか……同じ場所にいるだけで吐き気がしてくる」  とまぁ、こんな感じでここに来る奴らの俺への態度は最悪だ。王宮に来るってことはそれなりの家に生まれてそれなりの身分を持ってる人たち。異国から来た奴隷の俺なんて人間に見えないらしい。  女王サンに買い取られて王宮で過ごし始めて二年。俺的にはもっと経ってる気がするんだが、まだ二年ぽっち。この二年は間違いなく俺の人生の中で一番濃密でくそみたいな時間。 「……あー、気が重い」  女王サンは俺を買い取った。どんなに気に食わない暴力女でも、俺の持ち主は女王サンってことになる。  俺は女王サンの所有物。所有物は持ち主の言うことを気なかなきゃいけない。  いやね、何度も逃げ出そうとした。無理だったから女王サンのことを殺そうとした。全部失敗。女王サンにバレるたびに体に傷が増えていった。今となってはどこにいくつ傷があるのかわからないぐらい増えた。 「こ、黄鉄(こうてつ)……殿」  深い赤の服を着た男。顔にはいくつもの深いシワが刻まれてる。長い髭は綺麗に整えられていて何本かが白くなってる。  高官、と呼ばれる人。その高官の中でも特に偉い立場の人。重鎮って言うらしい。 「……皆、先に行っていろ」  俺が声をかけると黄鉄……殿は俺の方を振り向くこともせず、後ろにぞろぞろと引き連れていた人たちに声をかける。金魚の糞たちは黄鉄、殿に一例してから俺を睨みつけてどっかに行く。  怖いんだわ。あとこの黄鉄殿って呼び方やっぱり慣れなくて嫌だ。 「金眼の者如きが私を呼び止めるか」  皮肉なことに俺は金眼の者と呼ばれてる。女王サンへの呼び方の醜行の者ってのとかけてるらしい。不服でしかないんだよな。 「女王サンから黄鉄殿に伝言をお預かりしてまして……えぇっと」  怖い。黄鉄殿の顔が怖すぎる。  重鎮と呼ばれるぐらいこの国の政治に深く携わってる人だ。それにかなり昔からこの国に携わってる良家の家の生まれだ。昔っから厳しく育てられてるんだろうよ。  あと、これは女王サンから聞いた話だが、黄鉄殿は跡取りと決めていた長男を閉じ込めて餓死させたらしい。睨まれてばっかりだし、そんな話しか聞かされてないから黄鉄殿への印象は怖いしかない。 「一月(ひとつき)後に凰国に行くことにした……だ、そうです」  恐る恐る女王サンからの伝言を伝えると、黄鉄殿の顔はもっと怖くなった。だから嫌なんだよ。女王サンからの伝言を伝えたら、必ずと言っていいほど黄鉄殿は怖い顔になる。 「……ふざけたことを」  黄鉄殿は手をぎゅっと強く握りしめると、俺のことなんか無視してどこかに向かった。  女王サンのところだろうな……俺が帰る場所も女王サンのところだ。また女王サンと黄鉄殿の喧嘩……? 的な何かを聞く羽目になる。今から気が重い。  重い足を無理矢理動かして女王サンのところに向かう。  琥珀宮と呼ばれるのが女王サンのいるところ。ちゃんとした名前は寝宮(しんぐう)。  いつも女王サンは琥珀宮の入口近くの室で政務ばっかりしてる。俺が寝るより遅く寝て、俺が起きるより早く起きて。  暴君って呼ばれるような女王サンだから政務とかしてないのかと思ったけど、そんなことはないらしい。  暴君だのなんだのとボロくそに呼ばれて恐れられて蔑まれてるのは違う理由かららしい。まぁ、あれだろうな。十中八九肉親殺しだろうな。 「あなたは今のこの国の状況がわからない愚か者ではないでしょう」  女王サンがいるであろう手前の室から黄鉄殿の声が聞こえる。  女王サンも黄鉄殿も声を荒らげたりはしない。なんて言うか……腹の探り合い? をしてるみたいに聞こえる。淡々と言葉をぶつけ合うだけ。俺的には怒鳴り合うよりこっちの方が数倍怖い。 「凰国は我が国の宗主国。私が育った国でもある。行くだけだと言うのに、なんの問題がある」 「宗主国としての礼儀は毎年尽くしております。凰国からの使者は手厚い歓迎の元、王宮の別邸に招いて王族と同じ扱いをしております。凌寧からも毎年使者を遣わし、凰国の王様方に挨拶もしております。それが通例なのです。王と名乗る方が凰国に向かう前例はありませんし、そのようなことをする必要もないと考えます」 「ならば、私の存在自体が前例のないものだろう。凌寧の王を名乗る者で女は初めて。それに、緑色の目を持つ胡人の血を持つ者も同様。私に前例がないなどと持ち出さぬ方が良い。私にその言葉は通じない」  あーあ、始まっちまった。  腹の探り合い。淡々と言葉をぶつける。  こうなると俺はどうすればいいかわからないんだよな。室に入るほどの勇気もないし、だからと言ってここから離れても女王サンに怒られるんだろうな……八方塞がりもいいところだ。 「この国の経済状況を鑑みてください。女王様が凰国に向かうのならば、大勢の者が共に向かうことになります。その者たちの費用は誰が払うのです?」 「国が払えば良い」 「そのような余裕があるとお思いなのですか?」 「私はそのぐらい払えると思っているが、もしそうでないのなら、私を育てた黄鉄殿の教えが悪かったのでは?」  改めてなんだが、俺って女王サンのこと全然知らないんだよな。  さっきの凰国で育ったとか、黄鉄殿に育てられたとかさ、本当になんにも知らねぇの。俺は女王サンを殺さなきゃならないらしいから知らなくていいんだろうけどさ……二年も一緒にいてなんも知らねぇのもなんか……こう、思うもんがある。  女王サンに対しての感情が変わったわけじゃない。俺のことボコスカ殴って、ぐさぐさって短剣とか槍で刺されて、毎度も殺してやるとは思ってる。早く殺したいって気持ちは一緒だけど、あの人、なんか行動が変なんだよ。  ……ところどころ行動と言動が噛み合ってない。 「一月後に凰国に行く。これは決定したことだ。黄鉄殿が何を言おうと覆らない」 「あなたはこの国を自分だけで治めているとでも思っているのですか? 臣下である私たちに意見を求めることもしない、私たちが声をあげても聞き入れようとしない」 「私が国だ。国は私だ。凌寧は私のものなのだ、どうしようと良いだろう」  女王サンの言葉を聞くと、黄鉄殿は何も言わずに一礼して室を出る。  俺は扉から覗いてるわけだから、見つかったらまずい。急いで柱の影に身を隠す。 「金眼の者。命惜しくば主を選んだ方がいい。そのような身なりで選べるとは思えぬがな」  黄鉄殿は扉で少し止まって俺の方を見ずに嫌味を言う。それからすたすたと琥珀宮から出て行った。  気づかれてたし……何重にも失礼な嫌味だ。だからあの人嫌いなんだよ。すっごい遠回しの嫌味しか言ってこないの、なんかあれ苛つくんだよな。もっと真っ直ぐ死ねとか言ってくれた方が苛つかない。  それなのに、女王サンはいっつも俺に伝言を頼んでくる。黄鉄殿が怖い顔するような伝言しか頼まれないし……俺には荷が重たすぎる。 「翠、入れ」 「……はぁい」  柱の影から嫌々出て女王サンのいる室に入る。  室の前には藍さん。目が会う前に藍さんは俺に対して深々とお辞儀をする。  これも慣れない。二年経っても慣れない。あわあわと狼狽えてしまう。 「早く来い、何をしている」 「……い、今行きますって!」  俺も藍さんにお辞儀をして室に入る。それを見ている女王サンの目は冷たい。しょうがないだろ、俺にわざわざお辞儀してくれる人のこと無視できないんだよ。これはなんて言われても直らない。というか直してやらない。人間としての礼儀は大事だ。 「これを金水に届けろ。蛍に頼めと伝えろ」  やった。俺は心の中で嬉しさを爆発させる。  金水さんのとこに行くのはあんまり多くないから行けるたびに嬉しいし、それに今回は女王サンが蛍さんの名前出した! ってことは俺も蛍さんと仕事するんじゃね? これは嬉しすぎるぞ。  蛍さんはこの国に来てから俺に優しくしてくれる唯一の人。明るくて商団の人達にも人気者。そりゃ懐いちゃうでしょ。と、言い訳をさせてほしい。 「じゃあ、俺は金水さんのところで蛍さんと仕事できるん」 「それを渡したらすぐに戻ってこい。時間がない」 「……時間?」 「凰国にはお前も連れて行く」  え、蛍さんと……俺……え? 「黄鉄殿に国のことを任せるつもりだ。商団から戻ってきたら、また黄鉄殿に伝言を頼むことになるだろう。凰国はおかしな王の治める国、覚悟しておけ」  蛍さんと……仕事したかった……俺の喜びを返せ暴力女。 「聞いているのか?」 「はいはい聞いてますよ!」  こうなればやけくそだ。商団にとにかく早く着こう。それで蛍さんとたくさん話して、帰りもとにかく早く帰る。全速力で走る。 「では、私がなんと言ったか言ってみろ」  ……女王サン、あんたは会った時から変わらない。ずっと、相変わらず、俺の邪魔ばっかりしてくれる。 「商団から戻ってきたら黄鉄様にでんご」  言い終わる前に俺は膝から崩れ落ちた。 「黄鉄殿と呼べ」  いつの間にか俺の前にいた女王サンは俺の左足に槍を刺してた。よく見る光景だとはいえ、血が流れるのを見るのは慣れない。 「痛ってぇ!?」  女王サンは俺の声を聞いて、顔をゆっくりと歪めながら笑うと、槍を抜いてからまた刺してきた。痛すぎる。
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