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七話
「早くしろ」
女王サンはそそくさと馬を降りて俺を睨んでくる。
無理だろ、俺今足負傷中。俺を睨んでるあんたのせいで歩くだけで痛いんだよ。いたわれくそが。
足をいたわりながら馬から降りる。高さがあるからどう足掻いても足が痛い。じんじんする。
『女が馬に乗ってくるとは、それにあの胡人。卑しい見目だ』
顔だけはにこやかに俺たちを迎えた凰国の人。まぁ、歓迎されるわけがない。わかってたから別に驚かない。
胡人って言われるのも慣れっこだ。俺が奴隷として売られてここらの国に来てから、ずっと胡人って呼ばれてる。
「普通だったら、女の偉い人って輿に乗るもんじゃないんですか?」
「輿より馬の方が早い」
……あんたはそういう人だったわ。
女なのに、俺より小さいのに、俺より強い。怖いぐらいに強い。力も権力も、全部俺より強い。
なんて言うか、存在そのものが強いんだよな。
『室はこちらになります』
俺たちを案内してる役人。さっきから凰国語しか喋ってない。
宗主国って言ってるぐらいだから、凰国の言葉しか話さないつもりか? それか凰国語しか喋れないのか。
どっちにしろ俺たちへの対応はその程度ってことだ。
「荷物だけ運び入れておけ。王に会わせろ」
女王サンの高圧的な態度と言葉。案内役はそれに動じることなく、薄っぺらい笑顔を貼り付けたまま。
『宗主国であるこの国で、属国の一つにすぎない凌寧の王であるあなたがそのような態度でよろしいのか。些か疑問が浮かびます』
うっわ。俺は案内役の言葉に鳥肌を立てる。
俺が言うのもなんだけどさ、役人が王に言う言葉じゃないだろ。いくら属国とはいえ、これはない。それに女王サンの言葉わかってるじゃん。わかるなら凌寧語で話してくれてもよくね?
女王サンがどんな態度に出るか、それが怖すぎる。怖すぎて女王サンのことが見れない。
「役人如きがこの様な態度。国の主がいかな男か、会わずとも手に取るようにわかる」
女王サンは真顔で言い放つと案内役を無視して歩き始める。
案内役はぽかんとしたまま。俺は慌てて女王サンを追いかけつつ案内役の方をちらりと振り返る。ぽかんとした顔は次第に赤く染まっていく。強く握った手は血管が浮き出てごつごつとし始める。
属国が宗主国の王を馬鹿にする。
俺でもわかることだ。女王サン、あんたとんでもないことしでかしたんだぞ。
「女王サンは王様ってのがいる場所わかってるんですか?」
「清殿。私も同じ場所を選ぶだろう。皮肉なことに、あの性悪と私は似ている」
性悪……? それってもしかしなくても王様のことだろ。
あーもう、女王サンはなんでそうも敵を作るんだよ。近くにいる俺の身になれ。ただでさえこの見た目で目立って仕方ないのに、女王サンの近くにいるだけで敵認識されちまう。
『お止まり下さい』
清殿と書かれた文字を掲げる門をくぐろうとすると、門番達が止める。
「どけ」
『案内役はどちらに』
「私に案内が必要だとでも? 愚かにもほどがある」
さっきの役人とは違って、こっちの人達はただの門番。女王サンの態度を無視できるような強い心は持ち合わせていないらしい。
門番達は目を合わせて、渋々女王サンと俺を中に通してくれる。
俺がありがとうございます、と一言言うと門番達は頭を下げた。やめてくれって慣れないんだよ。
門から真っ直ぐ石畳を歩いて、辿り着くのは扉の閉まったでかい建物。建物中赤に塗られていて目を引く。
「あの龍……五本指?」
「よく気づいたな」
琥珀宮にも王宮の至る所にも龍はいる。
建物の壁、階段の飾り、屋根の上。ここらの国の人達は龍が好きだよな~とぼんやり思ってた。
でも、俺が今まで見てたのは四本指の龍。思い返してみれば、この国の龍はみんな五本だった……ような気がする。自信はない。
「五本指の龍を掲げる凰国の属国である凌寧は、宗主国に遠慮して四本指の龍を掲げている」
「龍って飾りですね? 飾り如きでも遠慮とかするんですか?」
「その通り。ただの飾り如きだ。くだらないだろう」
珍しく女王サンが笑った。本当に、心の底からくっだらないって思ってるんだろうな。
「入るぞ」
笑ったの珍しいと俺が思ってると、女王サンは短く言ってすぐに扉を開ける。
わざとらしく大きい音が出るようにばたんと扉を開くと、中の人達がいっせいにこっちを見る。俺はビビる。が、女王サンは堂々と前を見つめる。
「堂々としていろ」
「……無理だろ」
女王サンはざわつく人達のことなんて気にせずに、ずかずかと進む。
俺は周りの人達の視線が痛くてう、あ、なんてだらしない声を出しながら女王サンに付いて行く。視線が刺さりすぎてなぜだか中腰になってる。
『これはこれは、琥珀の女王のお出ましだ』
『卑しき身の売女がここに足を踏み入れるとは、あぁ恐ろしい』
『あのようなことをしでかして、よくこの国に再び足を踏み入れられた。私は女王のような卑しい心を持ち合わせていないから、あのような真似はできない』
周りの有象無象は凰国語で言いたい放題。
女王サンに指さして、わんさかと出てくる悪口。珍しく俺の悪口が聞こえてこない。
それぐらい、この人達は女王サンのことを嫌ってるんだろう。
「挨拶申し上げます」
女王サンは上を向いたまま、頭を下げず声を出した。
女王サンの少し後ろに立って女王サンと同じ方向を向く。
部屋の一番奥。高くなってる場所には椅子があって、その椅子に座ってる人がいる。あの人が誰かは聞かずともわかる。
同じ造りをしてる。王宮は琥珀宮だけじゃない。琥珀宮、本名寝宮は女王サンが日常生活を過ごす建物。
女王サンと臣下達が議論する建物は政宮、王宮内外の公共行事を行う建物は仁宮、王妃様の過ごす建物は造宮。言わずもがなだけど、女王さんにお后さんはいないし旦那さんもいない。というわけで造宮は使われてない。
その他にも宣宮、源宮、秘苑、王宮の別邸には正宮、慶宮、薫宮とかもある。なんに使うかはとてつもなく長くなるから割愛。
今俺たちのいる清殿とやらは政宮、仁宮と同じ造りだ。
だだっ広い建物。その奥は高くなっててたいそう豪華な椅子がある。そこに座るのは女王サンだけ。
つまり、高いところの椅子に座ってるのはこの国の王様。宗主国と仰ぐ凰国の王様ってわけだ。
「……あれ?」
俺は上を見ながら首を傾けた。
おかしい。思ってた光景と違う。
同じ造りだ、とかっこつけたのに同じじゃない。ほぼ同じなんだけど……高いところに椅子が二つある。二人の男が座ってる。
……どっちが王様だ?
おかしな王の治める国。
そういえば女王サンがそんなことを言ってたな。
女王サンよりおかしな王って存在しないだろって思ってたけど……これはもしかしたらおかしいのかもしれない。
あの椅子は玉座と呼ばれる特別な椅子だ。その椅子が二つ。座ってるのも二人。
どういうことだ? おかしいのはわかるんだが、それ以上思考が進まない。
「久しいな」
右側の椅子に座る男が声を出す。優しい目をした人だ。
左側の椅子に座る男は何も言わない。静かに女王サンを睨んでる。優しい目ではないけど、右側の男の目に似てる……兄弟か?
『言葉を合わせる必要などないのでは』
左側の男は口を開いたと思ったら、冷たい言葉。右側の男はまだよくわからないが、左側の男は俺たちにいい印象がないらしい。
周りにいる有象無象と同じだ。
「わざわざ来てくれたのだ。礼を尽くして歓迎せねば」
その一言に有象無象共はまたざわつく。
いいじゃん、あの人いい人だ。この国の人で初めて優しくしてくれた人だ。俺は好き。
「歓迎する。凌寧の女王、翡翠よ」
「こちらこそ、急な話を受けてくれて助かる」
女王サンは宗主国の王様? なのであろう人にかしこまった言葉を使わない。
さすがだ、と思いつつ頭の中は違うことが大多数を占めてる。
翡翠、王様なのであろう人は女王サンのことを翡翠って呼んだ。女王サンの名前なんて考えたことなかったけど、そっか、女王になる前の名前が存在するはずなんだ。
「それと、翡翠の名はもう捨てたも同等。その名で呼んでくれるな」
「懐かしくてつい出てしまった」
女王サンはこの国を育った国って言ってた。そして今、王様であろう人は懐かしくてって言った。
女王サンの女王になる前の名前を知ってて、懐かしいと言って、その女王サンの育った国。なるほど、あの二人は小さい頃から一緒だとかそういう関係だろう。
『王様』
左側の男は言葉を合わせるつもりはないんだろう。ずっと凰国語で話してる。
ここにいる人達は凰国の臣下たちだろうし、女王サンも凰国語がわかるはずだし、自慢じゃないが俺もわかる。俺自身も喋れる。
どの言葉を話してもあんまり関係ない気もするけど、左側の男の態度は気持ちいいものじゃない。
『このようなことでは示しがつかないでしょう』
「私は王と話したい。皆、席を外せ」
あぁもう! あんたはなんでそう言うことしかできないんだよ!?
怯える俺のことなんて見向きもせず、有象無象達に早く去ねと冷たい言葉と冷たい視線。有象無象達はたまらず反撃。けど、すぐに鎮圧。
王様が女王の言う通りにしろ、って言うからみんな仕方なくこっちを睨みながら出てった。
だだっ広い建物の中には俺と女王サン、それに椅子に座る男が二人。
「私は王と話したいと言ったはずだ。お前も席を外せ」
女王サンは左側の男を真っ直ぐに見てる。男は王様に一礼してこっちのことは見向きもせずに出ていく。
「何をしてる。お前もだ、翠」
「……え、俺も?」
「自分を王だと思っているのか? また傷を増やしたいらしい」
「いや、そんなことは絶対思ってないので! 失礼しますよ!?」
どかどかと床を鳴らしながら建物を出る。
ほんっとあの女苛つく! ばたんと大きな音をたてて扉を閉める。
……苛ついててなんにも考えてなかった。俺、こんなところで一人にされても困る。どうすりゃいいんだよ。
ここがどこか知らないし、俺……どこ行けばいいんだ?
「翠様、そのように捨てられた狗のような目をなさらないでください」
知ってる声に嬉しさいっぱいで振り返ると、そこには金水さんの姿。あんまり嬉しくない人だぞ。
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