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1.俺。
「それは『刷り込み』だな」
「すり…こみ…?」
「そうだ。大体の生き物は生まれたばかりに見たものを『親』と覚えこみ、愛着を示すそうだ。お前も、彼の方を参考にさせて頂いたとはいえ一応『人間』なのだからな。そういう感情を勘違いしても仕方がないだろうよ」
「勘違い…」
俺の貴方に対するこの感情が?
全部…ただの勘違い?
それは、俺が『偽者』だから?
…だから。この『想い』も『偽者』だというのかな?
『偽者』だから…。
だから、この『想い』は……こんなにも苦しいのかな?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「勇者?」
「ああ、隣町に現れたってさ。何でも、まだ子供らしいがな」
男はそう話しながら、着実に俺の服を脱がせていく。外気にさらされた肌が寒くもないのにぶるりと震えた。
「…大丈夫だ。俺に任せてくれ。決して初めてのお前に、怖い思いはさせないからな」
うん。いつも不思議なんだけど、俺とやろうとする男のほとんどが、俺を初めてだと思っている。一言もそう言った事はないのに…。
「…子供なのに、何で勇者ってわか、あ…んっ、るの?」
男がゆっくりと俺の体を撫でまわしだして、ビクリと体が強張った。何度も経験してるのに、自分でも嫌になるくらい緊張してしまう。
それはきっと、これからの全てが、全部知られてしまう事への絶望感からかもしれない。
「なんでも、素手で『キングベア』を倒したらしいぞ?で、その力を確かめるために、今度王都に行くらしい」
「素手って…!…っ…王都…?なん、で……んっ…っぁ」
男が下着の上から尻を執拗に揉みしだく。
「…王都には、昔の勇者が残した剣があるんだが、あまりの重さに誰も持ち上げる事が出来ないんだと。それが持てるなら勇者って証明らしいぜ?
…はっ、本当にスゲぇ…。そこら辺の女じゃ太刀打ち出来ねぇ程に綺麗な肌してんな、お前。どこに触れても瑞々しくて気持ちがいいぜ…」
話しながら男が喉から首元に、それから胸元に、とゆっくり舐めながら移動していく。
綺麗な肌か…それは当然だろうと思う。この体はあの人が大切に作ってくれたんだから。…だから、男の言葉に少し嬉しくなった。
「アル…」
不意に男が呟いた言葉を不思議に思う。何だっけ?これ…。あっ!『俺の名前』だった!慌てて男に視線をやれば、少し上気した頬を緩め、なかなか見た事の無い顔で微笑んでいた。
「…なんか、嬉しそう」
「まぁ、そりゃあ…な。まさか、お前を抱けるとは思ってなかったからな」
「…そう…?」
「ああ、ギルドのほとんどのヤツは、男も女もお前とヤリたがってるからな」
「……ははっ、流石にそれは…んっ」
急に男がキスをしてくる。初めてと思ってる相手にするには、結構乱暴過ぎる強さだ。しかも、早急とも言える荒々しさで、下着まで脱がされてしまった。そのままキスをしながらベッドに寝かされる。苦しくて息継ぎをしたら、ようやく離された。
至近距離で見つめ合う。
男の瞳は焦げ茶色で、人間に一番多い色だと思う。髪は明るい茶色で少し長めの前髪をひねって後ろで留めてる。角張った顔と目鼻は普通。髭はちょっと生えてて触るとチクチクしてる。冒険者としては、割と強い人だったはずだ。
そんな事を考えながら見ていたら、小さく笑いまたキスをしてきた。それだけで、もう、止めたくなった。
…そんな事は無理なんだけど。
唇から顔中にキスされ、体がビクビクしてしまう。そんな俺を宥めるかのように、そっと触れるキスをしながらゆっくりと下に移動する。
手が遠慮がちに足から腹をなぜてくる。
「…んっ」
不意に自分から声が漏れて、慌てて手でふさぐ。だけどそれはそっと外された。
「声、我慢しないでくれ…。お前の声が聞きたいんだ」
そう言って男は体中を触りながらも、キスをやめない。そして、胸まで来ると平らな中にある突起物を口に含んだ。
「あっ!…やっ…」
背中に何かが走り、それを逃がしたくて背を反らせば、男が軽くふくんでいたそれを甘噛みする。ぞわぞわと腰に来る痺れが怖い。
こうなるともうダメだ。まるでスイッチが入るみたいに、体中がふわふわしてくる。この瞬間が何度体験しても慣れなくて辛い。
やっぱり違うなぁと心が冷えてくように感じてるのに、気持ちとは裏腹に体はどんどん熱くなる。そんな自分の体が恨めしい。
目をキツく瞑り、なんとかやり過ごせないかとシーツを掴んだり、枕を掴んだりしてみる。そんな俺をどう思ったのか男は、胸の先を口に含んだまま舐めたり吸ったりしながら、もう片方を指で摘まんだり爪で引っ掻いたりする。
両方から違う感覚がどうしようもなく腰に来て、俺の口から止めどなく声が漏れる。
「んぁっ、やっ、やだ……んっ」
「…アル…、」
今まで胸を舐めてた口を離し、キスで口を塞いでくる。だけど、両手はずっと胸を弄っているから、どんどん呼吸がしづらく苦しさに喘ぐ。すると男は、何故か俺の口内を激しく蹂躙し始め、その勢いのまま、まだ反応のない中心を握ってくる。
「…っぁ、痛っ…」
「一度出しとくと楽だからな、ほら」
あまりの強い刺激に生理的な涙が出てきたけど、男は優しくする気がないように乱暴に扱いてくる。
「やっ……あ、あっ…んっ!」
「ははっ、流石に早いな」
あっという間に放った俺を楽しそうに見下ろす男に少し腹が立ってきた。強制的にイカされて苦しいってのに。
(う~痛い…何が優しくするだよ~!?)
息を整えてる間に、男は俺が出したものを後ろになすりつけていく。
(まさか、それだけで入れるつもりじゃないよね?)
俺の不安は的中し、受け入れる準備もされないまま強引に入れられた。痛くて辛くて何度もやめてくれと頼んだが、男は笑うばかりで止めようとはせず、痛みと共に朝まで何度も乱暴に抱かれた。
何だか情けなくて悲しくなったけど、それでも忘れず吸い取った『精』は、ビックリするぐらいマズかった。
胸焼けを起こし、疲労した体を横たえてると男が後ろから抱き締めてくる。だけど、絡める腕をたたき落とし立ち上がった。
「ア、アル…」
床に投げ出された衣類を素早く身に着ける。一切男の顔は見ない。
「わ、悪かったよ…。優しくするつもりだったけど、触れたら訳分かんなくなって…。なぁ、許してくれよ」
「……」
無視して出ようとドアに向かうと、不意にドアが開き男が三人入ってきた。
「おいおい。もう帰るなんて言わないよな、アルちゃん?俺達、隣でずっと我慢して待ってたんだぜ?」
「ようやくお前がその気になってくれたんだ。俺達も仲良くさせてくれよ、なぁ?」
言いながら俺の腕を掴んでくる。この三人は確か男の仲間だったはずだけど…。振り返り、まだベッドで寝そべってる男を見る。なにが可笑しいのか男はニヤニヤ笑いながら起き上がった。ああ、なるほど。そういう事か。
「とんでもなくいい体だぜ?思ってた以上だ。だから、ついつい乱暴にやっちまったから怒ってんだよ」
「ああ、かなり酷かったよなぁ。隣にいる俺達も心配で心配で耳を澄ましていたが…すげぇ興奮したぜぃ?アルちゃ~ん?」
腕を掴んでる男とは別の男が、俺を羽交い締めにしてきた。体をひねってもびくともしない。ま、頭一個分も身長が違うんだし、体格差はいかんともしがたい訳で。しばらく抵抗してみたが、早々に諦めた。
「そうそう。話が早くて助かるぜ」
「初めてなのに酷くされたんだろ?本当にドルフィルは酷いヤツだよ」
「可哀想になぁ~。俺達が優しく慰めてやるからな、へへへ」
そう言いつつ俺の尻に自分の股間をを押しつけてくる。そこは、既に立ち上がって固くなっていた。よく見ると他の男も同じ状態だ。
まいったなぁ。これは完全な失態だ。たまらずため息が出てしまう。今日は早めに寝よう。うん。そうと決まれば、即離脱開始だな。
「はぁ……唯でさえクソ不味いもん喰わされて胸焼けが酷くて気分悪いってのにさ。これ以上疲れさせないで欲しかったよ」
「あ~?なに言っ………っ!」
ドゴッ!と鈍い音がした。そして、俺を羽交い絞めしてた男が床に叩きつけられるように倒れた。
「…え?」
「な、なんだ?どうしていきなり」
俺が上を向くと、男達がつられるように上を向く。そこには天井の板が広い範囲で割れて血のようなものが付いている。
それを唖然と見てる他の男二人をまとめてなぎ払う。突然の事に受け身もとれず男達は面白いように吹き飛んで壁や天井に叩き付けられ床に倒れこんだ。ピクリとも動かない男達を無視し振り返れば、さっきまでニヤニヤ笑ってた男がベッドの上で全裸で青ざめて震えていた。
「ア、アル…お、お前一体…」
「今まで色んな人間と寝たけど、アンタほど最低最悪な粗チンな早漏野郎もいなかったよ」
「……え?…な…っえ?」
俺の言葉を理解できないのか理解したくないのか。
呆けた顔をさらす男の顔面を容赦なく叩きつけてやると、男はへし折れたベッドごと床に崩れ落ちて動かなくなった。
やり過ぎたかな?とも思ったけど、昨日からの乱暴な振る舞いを思い出し、心を鬼にして倒れてる男達からお財布を頂戴していく。
そうこうしてる間に、凄い音を聞きつけた宿屋の亭主が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
「こ、これは一体…」
唖然とする宿屋の亭主。無理もないよね。むっさい男達が皆、白目むいてのびてるし(一人は全裸)部屋は天井も壁もベッドも破壊されてるんだからさ。
「お騒がせして申し訳ない。これで何とかしてくれるかな?」
亭主に、皆から抜き取ったお金に自分からのも上乗せして渡す。袋はかなりの重さになったので、中を確認する事もなく亭主が驚いていた。
「こ、こんなに…」
「迷惑料と修理代。足らなかったり、こいつ等が文句言うようならギルドに知らせてくれるかな?話は通しておくからさ」
「…は、はい」
廊下に出ると、他の部屋から何人かが覗いていた。
「煩くしてすみません!もう大丈夫ですから、お部屋にお戻りください」
頭を下げ階段を降り宿を後にし、そのままギルドに急いだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ!アルさん!」
ギルドに入るとすぐに受付のラナさんに話しかけられた。
「良かった~。無事だったんですね」
「ん?何かあったの?」
「何かって…!昨日、ドルフィルさんがアルさんを誘って出て行ったって聞いて…。皆で心配してたんです!だってあの人…」
と、言いつつ回りを気にしながらラナさんが耳元に囁く。
「あの人、目を付けた人を、宿屋に連れ込んで仲間数人で酷い事するって、色んな人から被害届が出てるんですよ。事を重くみたギルドの上層部が事情を聞くつもりで準備してたらアルさんが連れてかれたって聞いて…だから…」
「なるほど」
とことんハズレに当たっちゃったんだなぁ。まだまだ、『人間』は理解出来てないみたいだ。
「…で、アルさん。大丈夫でした?」
「うん。最低な粗チン早漏野郎でした」
「……えっ!?」
「優しくするとか言っといてガンガン突っ込むわ、そのくせ小さいクセに早いわ…おまけにクソ不味いし」
「えっ?ちょっ…えぇっ???ま、不味いって、な、なにが…っ」
「あ、いや。それは個人的な問題なんだけど…。とにかく独りよがりで最低だったよ。腹が立って帰ろうとしたら仲間らしき三人が部屋に入ってきてさぁ~」
「えぇっ!!ほ、本当ですか!?な、なんて事が…あぁ…アルさん…」
ラナさんの顔がみるみる曇っていき、たまらずと言う感じで顔を両手で覆ってすすり泣き始めてしまった。どうしようと慌てていたらギルドの内部がざわめきだした。
「お、お前…大丈夫なのかよ…その、体とか…」
「そ、そうだよ!」
「気分は?…辛いとことか…」
おずおずと聞いてきたのは顔見知りの冒険者達だった。よく見ると皆が一定に距離をとって俺を囲んでいた。皆一様に暗い表情だ。
(もしかして、心配してくれてるのかな?)
「お、送っていこう…か?」
「ば、ばか!今は俺達になんか近付いて欲しくねぇだろうが」
「そうだぞ。もう少し空気読めよ!」
「け、けどよ。ヤツ等が待ち伏せしてたらどうすんだよ」
「それは…」「いや、しかし…」……。
いつの間にか、皆が俺を送り届けるかどうかで話し合っている。
さっきまで『人間』は最悪だ!とか感じてたけど、こういうのを知っちゃうとやっぱり憎めないなぁと思ってしまう。それはとても温かくて優しくてフワフワした気持ちだ。
「…皆、ありがとう。俺なら大丈夫だよ。とりあえず三倍返しはしたからさ」
「「「「………えっ???」」」」
「そんなわけで、ラナさん」
「はゃ!は、はい!」
「宿屋のお兄さんが来たら、足りない分の修理代は俺に付けといて下さいね」
「……っ!!」
泣き腫らし真っ赤になった目元をそっと触れながらにっこり笑うと、なぜかラナさんはますます顔を赤くした。ん?なんで?とりあえず涙は引っ込んだようで良かったけど。
「そういえば、皆に聞きたい事が…。『勇者』が現れたって聞いたんだけど、本当なのかな?」
「なんだ?アルも『勇者』に興味あんのかよ?」
「あれだろ?『キングベア』を一人の子供が倒したってやつ。たしか王都で調べるって聞いたけど?」
「本物らしいぞ?今は『魔王』討伐に行かせる準備をしてるとか何とか…」
「そうなのか?俺は、まだ王都でその子供を鍛えてるって聞いたけどなぁ…」「あぁ、それは…」「いや、あれは確か……」
思った以上に『勇者』の出現は真実みたいだ。ただ、その『勇者』が今王都にいるかは正確な情報がないのか。う~ん。王都に行ったほうがいいのかな?とりあえず、明日もう一度別のギルドで探ってみるかな。
「ありがとう。やっぱり『勇者』っていたんだね~。なんか凄いや」
「大体百年ごとに『勇者』って現れるって言うけど、俺らは見た事ないからな、殆ど伝承級だしよ」
「本当だよなー。確か、前回の『勇者』は、アルと同じ黒髪黒目だったっけ?」
「えっ?そうなの?えへへ、なんだか嬉しいなぁ」
「「「「「………っっ!!!!!」」」」」
そうか、前回の『勇者』は『彼の方』と同じ黒髪黒目なんだ。何だか不思議だ。
「皆ありがとう。今日は帰るね。あ、俺は大丈夫だから一人で帰るよ」
「お、おう。ならいいけどよ…」
「なんかあったら相談に乗るからな、遠慮すんなよ!」
「うん、ありがとう。じゃあね」
皆に手を振ると、ギルドにいた殆どの人が手を振り返してくれた。
俺は、なんだか嬉しくなって、気持ちがいっぱいでどうしていいか分からなくて、少し早足でこの町で寝泊りしていた宿に向かう。
すれ違う顔見知りに挨拶されたりしたりしながら、この町にもずいぶん長くいるなと思った。
「…可愛いなぁ、やっぱ…」
「確かに黒髪黒目は、勇者に多いって聞くけどなぁ。アルは『勇者』っつーよりは『癒し』だよなぁ」
「「「「「まさにっ!」」」」」
「ってなわけで、ドルフィルの野郎達をぶっ殺しに行くぞ」
「「「「「おうっ!」」」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宿屋に着くと、誰に聞いたのか宿屋のおばさんが色々気遣ってくれた。湯浴み代を無料にしてくれて、おまけに夜食用のサンドイッチまで作ってくれていた。
「今日はもう、それ食べて寝ちゃいなさいな」
恰幅がよく地声が大きく普段は乱暴なおばさんが、小さく囁くと、あかぎれだらけの手で俺の頭を優しく撫でてくる。だから俺は、おばさんの顔が見られなくて
「…うん」
と頷く事しか出来ずに部屋に向かう。
この町に来てからずっと借りてる小さな部屋。俺だけの部屋。いつでも出て行けるように、必要最低限の荷物しかないけど、おばさんがマメに掃除をしてくれていて居心地はいい。
部屋に入りベッドに腰掛け、おばさんから頂いたサンドイッチをもそもそ食べる。パンは固かったけど中身は肉が挟んであってビックリした。大体は、野菜だけで肉なんかめったに挟まないものだから。
(これ、残りものじゃなくて、ちゃんと俺用に作ってくれたんだ)
少し温かいそれは、おばさんの心遣いのように優しくて体中に沁みるように美味しかった。
「…っ…く…。…うぐっ……」
だんだん視界がぼやけてくる。何でだろうと考えていたら手に水が垂れてきた。ん?髪はちゃんと乾かしたはずなのに…、なんて考えてたけど自分の目からだった!そうしてる間に視界はどんどんぼやけてきて、とうとうサンドイッチが分からなくなってきた。
「ぅうっ…ぐすっ…」
拭っても拭っても視界は戻らず、とうとう食べる事も出来なくなって、堪らずベッドに突っ伏した。
時々、こんな風に自分を包み込むものに出会うと、気持ちが上手く制御できなくなって苦しくなる。
だけど、それは決して嫌な気持ちじゃない。むしろ嬉しくて、堪らなくて、どうしていいか分からない温かい気持ちだ。
だから勘違いをする。
こうして『人間』達に触れてると、自分も『人間』になった気になる。
そんな事は決してないのに。
--だって俺は『偽者』だから。
俺は『人間』ではない。
あの人が『彼の方』の代わりに作った『人間に似た物』だ。決して『人間』にも『彼の方』にもなれない中途半端な存在だ。どちらにもなれないのに存在している。ただ存在しているだけなんだ。
…いや、ただではないのかな。こうして『人間』の振りをして『人間』を探り、あの人に報告する。その為に存在してる。それが俺の存在理由だ。
…なのに、なんで俺には『俺の心』があるのかな?
『俺の心』があるから…。余計な心があるから、温かい気持ちが溢れると嬉しいのに苦しくなるんだよ。
そんなものが無い方が良かった。
ただ情報を集めるだけの何も考えない物だったら良かったのに…。
何故あの人は、俺をこんな風に作ったのかな?
俺はいつも考える。……答えなんか出ないのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
コツコツコツ。
《……ラ…》
コツコツコツ。
《…サ……クラ…》
「…ん?」
《…サク…ラ》
「っ!じっちゃん!」
慌てて起き上がる。目を開けたつもりだったけど真っ暗で混乱する。
「えっ?俺ちゃんと目、開けたよね?まさか、ゆ、夢の中?いやそれより…確かにじっちゃんの声がしたのに、なんで見えないの?夢でも会えないなんて!…いや、これは、会いた過ぎてついに夢の中でも幻聴が…」
《寝ぼけすぎだぞ…そら》
ほわぁんと部屋が明るくなった。
じっちゃんが目の前にいた。だから、ますます混乱してしまう。
なんで?本当は夢?どっから?でも、いるよね?いや、幻覚か?触ると消えるかも…じゃあ、触っちゃダメだ!うん。見てるだけ!それなら消えないはず!よし、しっかり見とこ。じー…
《いい加減、シャキッとせんか》
パチンと目の前で指が鳴らされ、ようやく理解する。夢じゃない!
「じっ、じっちゃん!!、お久しぶりですっ!お元気ですか?俺は元気です!はいっっ!!」
《ふっ…まったく。相変わらずだな、お前は…》
本当に、じっちゃんだ!本体じゃなくて、通信用の幻影だけど。かれこれ五年ぶりだ。あまり変わってないなぁ。いやいやっ、当然か。じっちゃんにとっての五年なんて一瞬の瞬きと変わらない。
《だいぶそちらに馴染んでるようだな。そろそろ報告する事も溜まった頃だろう。近いうちに帰館しなさい》
「……はい」
じっちゃんは頷くと、俺の頬を優しくなぜた。幻影だから何も感じないはずなのに、俺は確かにその手の暖かさと懐かしい匂いを感じていた。
《…待っておるぞ》
幻影のじっちゃんが薄れて消えると同時に、部屋が元の暗さに戻る。静まり返る部屋に一人でいるその事実に押しつぶされそうになり、慌てて布団に潜り込んだ。
じっちゃんの触れた頬を摩りながら、さっきまで見てたじっちゃんを想う。そして、一つの確かな思いが俺を支配する。
――やっぱり俺は、じっちゃんが好きなんだ。
二十年前に一度この想いを伝えたら、じっちゃんは『刷り込み』だと言った。作られた俺が最初に認識したのがじっちゃんだから、その気持ちを勘違いしてるって笑われた。
その時は「そうなんだ」なんて落ち着いたんだけど、あれから二十年ずっと考えてた。だけど、出た答えは変わらない。
どんなに考えても、どんなに否定されても、俺の気持ちはそこに行き着くのだ。想えば想うほどその気持ちは強くなる。心の底から会いたいと願ってしまう。あんな幻影に、こんなにも歓喜するほどに。
だから苦しい。
そしてそれは、『俺の心』がある以上続くのだ。
俺が俺である以上…永遠に。
だから俺は決心した。この苦しみを消す為に。
ずっと考えていた。じっちゃんに会えたらお願いしようと。
ーー『俺の心』を消してくれるように。
ただの『物』に戻してもらえるように…。
(その時、じっちゃんはなんて言うかな?少しはビックリしてくれるかな?)
そんな、ありもしない事を考え少し笑った。
皆に、どうお別れをしようかな、と思いながら目を閉じた。
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