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3.魔王様。
そこにあるのは、いつだって凪の海。深い底に隠された俺だけの青。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「その子供が次代の『勇者』なのかは、王都に連れて行き調べるとの事です」
「あ、そう」
馬鹿馬鹿しいくらい広い広間の中央に、六畳位の広さの数段高いスペースがあり、その上にこれまた馬鹿馬鹿しいくらいデカい椅子が置いてある。そして、それに姿勢を崩しどっかり座る俺。
世間様からは『魔王』とか呼ばれちゃってます。
そして、この広い部屋にはもう一人いる。俺の下段にいるじーさんだ。膝をついて控えてる。
このじーさんは、俺が『魔王』になった時に、色々世話になったヤツで…。ま、それが縁で、そのまま教育係兼相談役として配下になった。
一見、顔だけ見れば七十くらいの好々爺な人間に見えるけど、背も高くなかなかな筋肉と健康そうな褐色の肌を持つ、所謂細マッチョな体系だ。しかも、両耳の上には立派な巻き角があり、人じゃない感っぱないわけで。しかも、七百歳はとっくに越えてんだぜ?さすが魔族!
「とりあえず、あれには一度、王都に「まどろっこしいよなぁ、これ」
言葉を遮る。じーさんは黙って俺を見ている。
「このやり取り、まどろっこしくて面倒くせぇと思わねぇ?」
「…と、申されますと?」
「ヤツが調べてじーさんに教える。じーさんが聞いて俺に教える。な?めっちゃ、面倒だろ?」
「………」
じーさんは黙って俺を見ているが、内心ではイラついてる模様。
じーさんは普段から、真っ白で長い髪を後ろに三つ編みで一纏めにしているのだが、その髪の毛の先がさっきからサワサワ動いてる。
これは、じーさんがイライラしてる時に起こる現象だ。わかりやすいのに本人は全然気が付いてない不思議。おもろ!
「今度から直接俺が聞くから、ここに連れて来いよ」
「………お断り、致します」
「ふーん。自分だけいい思いする気かよ、じーさん」
「何の事ですかな?」
「すっとぼけてんじゃねーぞ?俺の名前付けて可愛がってるくせに」
「………」
「記憶を読み取るために、手取り足取りヤリまくってんだろーがよ?」
「………」
「なーにが、人間の事を知るためだよ。知ってんだぜ?体を繫げなくても、指先が触れるだけで読み取れるってのを」
「………だから?」
「だーかーらーっ!じーさんがそこまでハマってるっていう、俺のコピーを味わってみた「お断り致しますっ」
「くはっ!(早っ!くい気味!(笑)理由は?」
「貴方様に預ければ壊されるのは必至。それが分かっていながらに、みすみす引き渡すとお思いですか?一応あれは、このワシの最後の作品ですからな」
「じゃあさ、なーんで最後に俺に似せたりしたわけよ?」
「…より、人間達に近付ける為には見本が必要でしたが、ワシも年を取り過ぎましてな、人間社会に赴くのも億劫だったのです。そこに都合良く、『もと人間』の魔王様がいらっしゃったんで。…つい。
まぁ、はっきり言って思いっきりの手抜きをしたのですよ。
ですが、魔王様は既に人間らしさの欠片もない、魔族の中の魔族ですからな。全く、全然、何一つとして参考にもなりませんでしたわ。いやはや、人選を失敗するなどとは…。年は取りたくないもんですな」
まぁ、つらつらと。さすが年の功ってか?顔色も変えず眉一つ揺るがす事なく、しれっとディスってくるわ~。
「不敬だぞ、じーさん。殺しちゃうよ?」
「どうぞお好きなように。どうせ間もなく、この身は尽き果てますので」
「…あ、そう」
年寄りの開き直りって嫌だね~。頑固になるし可愛くない。
…ま、別に嫌いじゃないけどな。
「わかった。もういい。『勇者』には、俺が直接会いに行ってくるわ。それと、今日限り、じーさんの役目は解任な」
「…それは、どういう意味で?」
「引退して、田舎に引っ込めエロ爺!って言ってんだよ」
「な…っ!魔王様、それは…」
「んで、残り僅かな時間を『サクラ』ちゃんと仲良く過ごしなよ~?なぁ『じっちゃん』?」
「ぐぬっ!!!コウ!き、貴様っ…何故…っ!」
「くはっ!じーさんの『初狼狽え』頂きましたわ!は~っ、いいねっ!実にいいっ!
じゃぁな!今ままでサンキュー。元気でな!ヴァージル」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今更ではあるが、教育係兼相談役のヴァージルだ」
「くはっ!確かに!あ~、俺は『佐倉光太郎』っす」
「『サク…ラ、コウ…タロウ』様か。年寄りにはなかなか難しい名前だな…」
「そう?『佐倉』が苗字で、名前は『光太郎』なんだけど…。んー、面倒なら名前の『光太郎』でいいよ?」
「『コウ…タロ…ウ』様、だな」
「……なんなら、『コウ』にする?向こうでは身内は皆そう呼んでたからさ」
「『コウ様』…か。なる程、年寄りに優しい響きだな。では、改めて。今後はワシに何でも聞いてくれ。コウ様」
「うん。よろしく~。様はいらねーけどさ」
握手を求めたら、戸惑いながらも受け入れてくれた。握った手が思いのほか温かく、忘れたはずの何かが疼いた。
なんとなく落ち着かなくて視線を彷徨わせてたら、小さく笑う声が聞こえた。何気なく確認すれば、俺を静かに見つめる瞳にぶつかった。
それは海の底。深海のような青。凪いだ海のような静穏があった。
微かに弧を描いた口元で、ヴァージルが微笑んでると何となくわかった。だけど、その顔が思いのほか優しくて、正直驚いた。
悪意の塊のこの世界で、悪とされてた者が、こんな慈愛に満ちた表情をするなんて…。
もう、悲しむ事も、傷付く事も感じず、人間らしい感情は皆無と思っていた俺に、ストンとそれは入り込んだ。
多分この先も俺は、この凪いだ青に囚われ続けるのだと、何故か強く感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
無理矢理追い出したじーさんの気配が無くなり、ようやく俺も立ち上って、馬鹿みたいに広い広間を見渡す。
ここが終わりで、始まりの場所。
作られた復讐劇に踊らされ、魔王を討ち、喜ぶ間もなく仲間だと信じてた奴等に殺された、馬鹿な人間だった頃の俺の最後の場所。
魔王になった今では、もう、あの時のような喪失感も、虚無感も感じる事は出来ないのに。
あの青だけが、俺を全力で引き戻そうとする。何かをわからせるように。
だからもう終わらせる。
それは、この先の俺には必要ない感情だから。
俺が俺として、魔王として進むために。出来る事だけをする。
「さて、とりあえず『勇者』様に会いに行くか。王都なんて都合いいしな。昔よりも人間が増えてるといいんだけどなぁ」
さあ、始めよう。
そして、もう一度、あの青が狼狽える所が見られたら、それだけで俺は、『魔王』になったこのクソったれな世界を少しは好きになれそうだ。
そうなれば、この身を焼け尽くすような寂寥感からも解放されるだろう。
――――きっと。
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