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6.その後の勇者くんと魔王様。
森の見回りはボクの日課だった。いつもと変わらない昼下がり。木の株に座り休憩していた時に、それは起こった。
「よぉ!元気そうだな?トトル君~」
そう言って、ニカッと笑ったその人は、十年前と変わらずの正真正銘の『魔王』さんだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
募る想いを持て余し、相変わらずな日々を送っていたボクの前に、するりと現れ、変わらぬ笑顔で話しかけてくる。
あまりにも非現実的で目眩がした。
「………全然、変わってないですね…。魔王さん」
「うん?そう?君は、めっちゃ変わっちゃったな、トトル君。びっくりしたわ~」
「まぁ、十年たってますから…」
「そうみたいだな。ちょっと寝こけてたから起きて驚いた」
「えっ!?今まで寝てたんですか?一体何が…っ!」
「うん。話せば長くなりそうなんで簡単に言うと、魂が集まりきらねぇから己の魔力を使ったら気を失って十年たった。今ここです」
「……簡約しすぎてさっぱりなんですが、とにかくお元気そうで安心しましたよ」
「くはっ!いいね!実にいいっ!!安心の安定感だわ~、トトル君は。流石『勇者』だね~」
「………してませんよ『勇者』なんてっ。しないって、約束したじゃないですか。忘れちゃったんですか?」
「い~や、覚えてるよ?だから会いに来たんだ『元勇者』のトトル君?」
そしてまた、にかっと笑う。
必死で我慢してたけど、もう限界だった。
「…泣くなよ~、トトル君」
「……す、すみません!来てくれないかもと不安だったんで…。安心したら………グスッ」
(恥ずかしい。これじゃ、まるで子供じゃないか!)
慌てて目を強く閉じたけど、堰を切ったように溢れ出した涙は全然止まらなかった。
不意に、頬に何かが触れ上を向かされた。目を開けると、凄い至近距離で漆黒の瞳と目が合った。
あぁ、相変わらず夜みたいな人だなぁと思ってたら、唇に柔らかいものが押し当てられ離れていった。
「…………え……っ?」
「うん。やっぱ全然オッケーだな、これ。滾ってきた」
「……い、今…。キ、キス…を……っえ?」
「お、涙止まったね?で、トトル君って結婚してんの?」
「し、してません!」
「あ、そう。じゃ、彼女は?」
「いませんよ!そんなのっ!」
「ふーん。略奪愛なんて魔族っぽいからしてみたかったんだけどな、残念だわ~」
「なんですか、それは…。魔王さんの期待に応えられなくて申し訳ないで…「『光太郎』だよ」……え?」
「名前。俺の」
「っ!!もう一度!もう一度…お願いしますっ!」
「くはっ!『光太郎』です」
「『コウ、タロ、ウ』さん…?」
「あ~、やっぱ、こっちの人って発音しにくいんかね?何なら『コウ』でいいよ?」
「いえ!ちゃんと呼びたいんで!すみませんが、もう一度いいですか?」
「…うん。『光太郎』です、『光太郎』。大事な事なんで二回言いました」
「は、はい…!『コ、ウ、タ、ロ…ウ』さん…、『コウた…ろ、う』さん…『こうたろ…う』さん、『こうたろう』……さん?」
「おぉっ!ほぼ正解だな。今までで一番近い発音だわ~。くはっ!懐かしいな、おい」
そう言って笑う顔が、初めて見る表情でビックリした。だってそれは…。
「およ?積極的だね~。すっかり大人の体つきじゃん、トトル君」
立ち上がって思わず抱きしめた『こうたろう』さんは、昔のように大きくなくて、俺の腕の中におさまってしまうくらいだった。それに力を入れたら折れそうな程、華奢に感じてしまう。
初めて会った時は、ボクをすっぽり包み込む大きな夜みたいだったのに。今は腕の中にいるなんて信じられなかった。
戸惑っていたら、抱き返されて驚く。不意に香る森林の香り。懐かしい香り。
「…忘れてたけど、人間の十年って、っぱないな。油断したわ~」
「油断…?なんのですか?」
「可愛い時機を見損ねた」
「す、すみません!…ごっつく成長しちゃって。自分でも予想外の成長だったもので…。がっかりしましたか?」
「くはっ!してないしてない!ワイルドで格好良くなってっから自信持ってあげて~」
「…『こうたろう』さんがいいなら良かったです」
何故かさらに強く抱きしめられた。たまらず、見えてるつむじにキスをする。でも、一度したら止まらなくなって何度も繰り返す。
「………禿げる」
「す、すみません!…嬉しくて、つい」
慌てて離れようとしたけど、『こうたろう』さんは離してくれずに、じっとボクを見上げていた。カッと体中が熱くなる。やっぱり、どう考えても、『こうたろう』さんを想う気持ちは一つだった。
「…『こうたろう』さん…」
「はいよ?」
呼べば返事が返ってくるし、目をそらされないから思う存分見つめられる。触れてる体は温かく、夢ではないと教えてくれる。
だから、願いが叶う。ずっと言いたかった事が言えるんだ。やっと。
「…あ…」
「…あ、?」
「……あい…」
「…あいよ?どったの?」
「…………っ」
「ん?」
少し首を傾げ微笑む。あー、もう!どうしよう!どうしようっ!幸せ過ぎて、死んじゃうんじゃないのか、ボクは!
「愛してます!」
「………」
…………………………
うわぁーーーっっ!!ま、間違えたーっ!なに言ってんだよっ!『会いたい』だろうがっ!あぁ、ほら、ビックリしてるよ『こうたろう』さんが~!
………で、でも、ビックリ顔も可愛いなぁ~。………ん?可愛い…?そうだよ!可愛いんだよ!ずっと思ってたんだよっ!
「可愛いですね『こうたろう』さんは」
「…おいおいっ、マジか!真の『勇者』がここにいたわ…」
「『元』です!会えたら思ってた事、全部言うって決めてました」
「うん。いい事だとは思うけどさ、内容はかなりの事案だからな」
「?よくわかりませんが…す、すいません。調子に乗ってます。なんかボク、かなり浮かれてるみたいで…でも、言った事全部本当ですから!……不愉快にさせたら申し訳ないですけど、後悔は一切ありませんっ!」
「男前だな、おい!だが、俺も大概かもな。めっちゃ滾ってきた!」
「……ん?なにがです?」
「ナニだよ。ナニ!さっきまで、バカップルに当られっぱなしだったからな。よし、ヤろう!」
「ん?…んん?何を…ですか?って…うわぁっ!!」
『こうたろう』さんは、何故か服を脱ぎ始めた。色白だけど引き締まった筋肉が綺麗だった。…って、ちょっと!見惚れてる間に、ボクの服も脱がされ始めた。
「こ、こ、こうたろうさん!な、何して…っ!」
「お、違和感なく言えてきたな、名前。いいね!実にいいっ!!あんなに可愛かったトトル君を、押し倒すこの背徳感。たまらんわ~」
「えぇーっっ!!こうたろうさんっ!、ちよっ…ちょっと待って下さい!い、今の俺はっ…ご、ごつく…」
「ん?青かん嫌だった?一応、結界張ってあるから誰も何も近付いて来ないけど?」
「いやっ、あのっ!そういう事じゃ………あっ」
目の前に夜があった。
初めて会った時から、温かくて優しくて。安心できたボクの夜。
触れたらやっぱり温かかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「結婚して下さい!」
「くはっ!マジか!おいっ!」
「まじが何か分からないですが、本気です!」
こうたろうさんに服を着せてもらいながら、精一杯の想いをのせて伝える。
…ちょっと順番が違っちゃったけど。
「俺、人間じゃないよ?」
「知ってます!」
「やる事ヤッたからわかってると思うけど、男だよ?」
「知ってます!この体でしっかりと確認させて頂きました!」
「うん。どうだった?体は大丈夫?辛いとこない?」
「素晴らしかったですっ!…っていうか。…き、気持ち…良かった…です。…でも、あの…コウタロウさんはどうでした?ボクで…だ、大丈夫でしたか?」
「くはっ!大丈夫、大丈夫。久々だったけど俺も気持ち良かったわ~」
「光栄ですっ!」
「うん。だけど、無理だからさ」
「………………えっ?」
「んじゃーな、トトル君。約束も果たせたし。楽しかったわ、元気でな」
こうたろうさんの体が揺らいで薄くなる。ダメだ、このままいなくなったら、きっともう会えない。会うつもりがないから。だって今回は…なんの『約束』もしてない。
「光太郎さんっ!待って!」
光太郎さんがボクを見た。また、あの顔だ。前には見た事がなかった、今日始めて知った、『今にも泣き出しそうな』顔だ。
「…どうして?…何がダメなんですか?」
「…………」
「…ボクが、『人間』だから…ですか?」
「わかってんじゃん」
「でも、それの何がダメなのかが、わかりません」
「………」
「…光太郎さん!」
「…先に死んじゃうじゃん、君」
「っ!」
「そういう湿っぽいのって面倒じゃね?」
「…………」
「面倒な事とか、面倒臭い」
「…じゃあ、死なないように…光太郎さんと一緒に生きていけるように、ボクを『魔族』にして下さい」
「………人の話、聞いてたか?おい?」
感情がなく冷たい声。これは、初めての光太郎さんだ。
――もの凄く怒っている。…だけど、
「聞いてました。ボクが人間だから、先に死ぬから、光太郎さんはボクから逃げるんですよね?」
ボクだって、怒ってるんです!
「…なん、だと?誰がっ、何からっ、逃げるってんだよ?あぁっ?」
凄い怒気に、どっと汗が溢れてくる。心臓が鷲掴みされたみたいに軋み、痛みで気を失いそうになった。慌てて振り払うようにドンと一度胸を叩くと、止まるまいと動く心臓の脈打つ音がまるで耳の傍にあるようにドクドク聞こえた。少しでも楽になりたくて呼吸を深くしても、息は荒く苦しい。そのうち体の奥から何かが這い上がろうと動き出したのを歯を食いしばり耐える。少しでも気を抜けば全てが吐き出されそうで怖い。
そうなったら、もう二度と立ち上がれない。
だから、震えて今にも崩れ落ちそうな足に力を入れ、光太郎さんに視線を戻す。
踏ん張れ!こんなの、会えなかった十年に比べれば、笑っちゃうくらい些細な事だ。
わからせろ!この人に。どれだけボクが怒ってるかを!
『人間』だから?『先に死ぬ』から?そんなのは、ボクのおまけにすぎない!光太郎さんは、本当のボクを見ようとしていない!ボクに向き合ってくれてない!
光太郎さんは、本当は…。
「言ってみろっ!トトルっ!!」
「…っ!…ボクが好きすぎて…だから、ボクが死ぬのが怖いんでしょ?光太郎さんは。だから、ボクから逃げて楽になりたい。…そうなんでしょ?」
「…………」
「『魔王』様って、人間を仲間にする事が出来るんでしょ?だから、して下さい。そしたら、光太郎さんとずっと一緒に…「なんもわかってねぇよ、お前はっ!」
ビリビリと体中が震えた。凄い圧力に恐怖がせり上がる。
押し返せ!押し返して、踏ん張れ!
「魔族になるだぁ?簡単に言ってくれてんなぁ、お前はよ。魔族になって人の理から外れたら二度と戻れないだぜ?」
「…わかってます」
「わかってねぇ…。はっ!なんも、わかってねぇんだよ、トトル君はさ」
「…………」
「……人間として大事なものは、みんな置いていくんだ…。大切な人達の死に様を見送って、誰も知らないものになるんだ」
「……わかってます」
「……わかってね…「わかってますっ!」
そうだ、わかってる。
そんな顔で。今にも泣き出しそうな顔で。ボクを止めてくれる人だから。だからこそボクは、今日に、ボクに会いに来てくれた光太郎さんに感謝してるんだ。
「そういう事、全部抱えてる光太郎さんが好きなんです。だから、貴方と生きていきたいんです」
「……………」
「光太郎さん…っ!」
「…教えるんじゃなかったな、名前」
「絶対、忘れませんから…」
「…いいよ、どうでも。記憶消せっから。なんかもう、色々面倒臭くなってきた。…じゃあな」
光太郎さんの手が、額に触れた。一瞬、震えてるようにも感じたが、確かめる前に体が鉛のように重く動けなくなった。そして、ゆっくりと瞼が閉じ意識が薄れていく。
あぁ…そうか。そんなにも…ボクとのこの十年間が、そんなにも光太郎さんには辛いのか…。
ボクが忘れた方が、光太郎さんが楽になるなら…。
自然と涙が出てくる。
でもね、光太郎さん。ボクは貴方に会えて良かったよ。この十年ずっと…会えてからのこの瞬間までもが、とても幸せだったんだよ?
温かい夜が、白く白く塗りつぶされていく。
光…た、ロウ…さん…………
名前、教えてくれてありがとう……。
…………?…なま、え…って……なん、の……………?
…………なんのって…………な…に?
……あぁ、温かい、優しい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
不意に意識がはっきりしてくる。森林の香り。懐かしい香り。これは…。
そっと目を開けると、真っ黒な髪の『夜』のような漆黒な瞳の人がボクを覗き込んでいた。
しかも、何故か膝枕をされている。
「……あ、あの」
「んー?どした?」
「…な、何故、ボクは…こんな幸せな状態になっているんでしょうか?ここは天国なんですか?」
「くはっ!ま、簡単に言えば、色々面倒なんでやめた。今ここです」
「………簡約が激しすぎて…。流石に無理なんでもう少しの説明をお願いします」
「あー。記憶消そうとしたら、結構魔力使いそうだしとか諸々で…。もう、考えるのも面倒臭くなったわ~、って感じ?」
…………………ダメだ、全然わからない…。つまりは、魔力を使いたくなかっただけ…との、解釈でいいんだろうか?うん、そうしよう!
「…つまり、魔力の節約って事で良いでしょうか?」
「くはっ!そっちに行ったか!いやいや、要約し過ぎた。もちっと己に自信持ってあげて~」
「…自信?」
「うん。俺を想って泣いてるトトル君を見てたら、無くすのが惜しくなっちゃったんだよね」
「………え?」
「どこかで偶然会っても、トトル君が俺を忘れてるのって、結構つまんないなぁって。なんか思っちゃってさ~?だから、そう考えるのも面倒臭いから、やめた」
(そ、それって…自惚れてもいいのでしょうか?)
このまま横になっていたい気持ちを振り払い、せっかくの膝枕から断腸の思いで体を起こす。間近になった瞳をじっと見ると、見つめ返された。
「…光太郎さん。好きです。愛してます」
「うん。十分思い知ったよ」
「はい!だから、結婚したいので魔族にして下さいっ!」
「それな!」
「ありがとうございます!」
「許可してねぇしっ!…なぁ、やっぱさ、良くないって、それ」
「?」
「このままちょこっと付き合うのはいいよ?だけどなー、人間やめさせるってのは別の話になっしょ?」
「そうですか?ボクからしたら今日の色々で、魔族にしてもらうっていうのが、ボクの最大級の幸せだと確信したんですが…やっぱりそれは、光太郎さんの体に負担がありますか?」
「そーいう事じゃなくってさぁ。う~む…」
「魔力とかは全然ありませんが、それ以外なら何でも頑張りますから!」
「あ~、うん。はぁー、やっぱ考えんのって面倒だなぁ。俺には向いてないわ~、ホント」
「?」
「…とりあえず、魔族云々は置いといて…もう一回ヤるか」
「……………は?」
「今度は魔族流のでやってみっかな。うん、そうしよう!トトル君、気持ちいいから期待よろ!」
「………ちょっ!あ、あの…………あっ!」
あっという間に脱がされて………。
魔族流…凄かったです!ありがとうございましたっ!!
その後、なんとか光太郎さんを説得し、結婚を前提としたお付き合いをさせてもらう事になったのですが…。
それから十年かけて、ようやくボクの願いは叶うのだけど、それはまた別のお話。
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これにて本編は完結です。
ここまで読んで下さり本当にありがとうございました!
次からは、番外編になります。
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