刻印

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「はい。これ。」 月が明け、窓が騒ぐ雨の日だった。 私の目の前に、母が通帳と印鑑を差し出した。 「なに?」 「思い出したのよ。お父さんから印鑑を預かっていたの。この通帳の印鑑だった」 「どうして?」 「きっと今日渡すつもりだったんだと思うわ。あなたが生まれた月から始まってるの。事故にあってなかったら、ちょうど100万ね」 母はそれ以上なにも言わなかった。私も言葉にならず通帳を両手で受け取ると、それは見つけた時よりも重く感じた。 着る物も履く物も、ひげ剃りの刃さえも自分で買っていた父。誕生日もクリスマスも欠かさなかった父。決して余裕などなかったはずなのに。  ピンポーン 突然の訪問者に立ち上がりかけた母をとめて玄関へ向かった。
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