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 日曜の残りの時間は、ななみのことが気になり何かをやる気も出ず、ダラダラと過ごしてしまった。月曜に出社すると、なんだかいつもより元気がないと同僚にからかわれた。火曜から金曜は空元気でなんとか乗り切ったが、こうも毎日ななみのことが頭から離れないということは、付き合い始めの頃でもなかったように思う。 「はあ……」  出てきたため息は、やっと片付いた仕事に対してというより、ななみに会えないことへの不満からだった。  自分より小さいななみの体を抱きしめると、その小ささとは逆の大きな充足感を得られる。それが斗真にとって今や必須であることに、今更ながら気がついたのだ。  愛車の運転席に座った斗真は、ななみに電話をかけようとスマホを取り出す。せめて声だけでも聞きたい。 『ななみ? 俺』 『うん。どうしたの?』 『別に……なんとなく』 『寂しくなっちゃった、とか? ふふっ、そんなことないか。あ、かづきが来たから、切るね、じゃあ』  途切れた電話を握り、斗真は呟く。 「なんだよ、俺よりかづきって奴が大事か……」  ほんの数十秒の電話越しの会話なんかでは、斗真の抱える虚無感は消えず、会いたい思いが募るばかりだった。  ななみから聞いていたケーキ屋の店名をカーナビにセットし、斗真は車を走らせた。  五日も我慢したのだ。もうこれ以上待つ必要もないだろう。いくら幼馴染とはいえ相手は男だ。自分の彼女を独占されて黙っているのは、余裕があるのを通り越して放置しているだけだ。  幼馴染という存在にどれだけの信頼感があるのかわからないが、男女の間に友情など成立し得ないだろう、というのが斗真の考えだ。  きっとどちらかが、いつか相手を——。  気持ちは恐ろしいくらい動揺しているのに、斗真の運転は冷静だった。  カーナビの指示に従って進み『BURIO』の看板を見つけると、駐車場に車を停める。エンジンを切って店の裏手に周り、従業員用の通用口を見つけ躊躇いもなくドアを開けた。 「ななみ!」 「……斗真? どうしたの?」  開けたドアの向こうには、見たことのあるホルターネックのエプロン姿のななみがいた。手料理を振る舞ってくれるときにも身につけている、彼女のお気に入りのエプロン姿で。  周囲にいるはずの男の姿を探す斗真の目に飛び込んできたのは、真っ白なコックコートに身を包んだ女性がひとりだけ。 「もしかして、彼氏?」 「うん……」 「あの……かづき、さん?」  恐る恐る尋ねると、女性は笑顔でハキハキと答える。 「はい。ななみの幼馴染で、杉野夏月(すぎのかづき)と言います」 「いや、え? あ、そう、そうですか……えー……すみません、失礼します」  くるりとターンして通用口の鉄扉を押し開ける。店内に乗り込んだ時にはちっとも感じなかった扉の重さが、今頃になって実感された。  穴があったら入りたいとはこのことだ。  まさか「かづき」という名前が、女性のものだったとは——。  勘違いしていたのは自分だが、せめて男か女かだけは聞くべきだった。  幼馴染が女性だったのは不幸中の幸いだ。だが、それに嫉妬して店にまで乗り込んだ自分は——。
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