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好きです。恋しています。
私の名前をあなたは一応ご存知だと思います。そうです、私です。あなたが頑なに名前を呼んでくれないから、私は私の名前を言いませんけれども、あなたにとってただの名無しの私です。
はじめまして、と言っていいのかしら?三年の空白は私をすっかり変えてしまったように思うのですが、あなたにとっても変わったように見えますか?私から見て、あなたは少しも変わらない。人との関わりも立ち位置も、性格も優秀さも、なにもかも。きっと空白の三年間もずっとそのままだったのね。一番変わらなくて安心したのは匂いです。どう、変態だと思う?でもあなたの匂い、とてもわかりやすいのよ。
私が初めてあなたを好きになったのがいつか覚えていません。でも少なくとも、まだ十にもなっていない時だったと思います。私は初めから、他の男子とあなたとを区別した接し方をしていたと思います。覚えていますか?私ははじめから、あなたには一歩引いた態度を取っていたはず。あなたは私にとって、他の男子と違う異様な人でした。それを私の人見知りレーダーが感知したのでしょう、あなたへ気さくな態度を取ることができませんでした。不快だったかな。ごめんなさい。恋はままならないものなんです。
三年の空白で、私、ずいぶん陰気になったと思います。一番はそうね、勉強ができなくなったことだと思う。コミュニケーションは元から下手だったけど、もっとずっと下手になりました。この三年で、私はひとりぼっちで生きることへの耐性をつけたんです。私はそういう意味で悟りを開いてしまいましたから、今もほとんど一人です。ご存知とは思いますけど。こんな陰気な女は嫌ですよね。
けれど、あなたも良くないと思うの。私がこんなに恋しちゃってる間、あなたは何を思っているのか全然わからないのだもの。感情を見せてくれない。思いを見せてくれない。そのくせ名前は呼ばないのですから、期待しても仕方がないと思いません?ね?どういう意図で私を呼ばないの?もしも呼ぶのも嫌なくらい嫌いだというなら、それは悲しいことだけれど、その方がいいと思うほどには私はあなたが好きなんです。
嫌なこと訊いていい?嫌だと言われても訊きたい。「まなみ」って誰?あなたの恋人?好きな人?初恋の人?大学生の彼女さん?年下だったりもするのかしら?誰?付き合ってるの?愛し合ってるの?かたく契ったご関係?体も契ったご関係?名前しか知らないそんな女に、嫉妬するなんて醜いよね。重いよね。迷惑だけど、ずっと嫉妬してる。好きな人なら、そうと言って。私は街を出て遠くの町へ行って、知らない人と結婚するわ。二度とあなたに会わないから。
困惑した?私のこと、わからない?わからない?何もわからなくて困ってくれたら、私はとってもうれしい。だって、私の感情と同じ感情を、あなたが抱いてくれたってことだから。私、あなたが好き。あなたが好きだけど、だからってどうこうしようなんてつもりはないの。あなたが好きだけど、あなたと付き合うことはないし、あなたの愛を欲するわけでもないし、あなたと結婚することもないの。それはもしあなたが望んでもよ。両想いでも、いえ、こんなのありえない仮定だけれど、たとえあなたが私を想ってくれていても、私はあなたと共に歩むことはない。強いていうなら、抱いてほしいかな。一度でいいから体に触れたい。匂いを近くでたくさん嗅ぎたい。あなたの目に一瞬だけでもとまりたい。言っておくけど、私は処女よ。やり方はわからないから、何をしてくれてもいいわ。きっとあなたは童貞じゃないんでしょ。場所もプレイもなんだって構わないわ。ただあなたが私と一緒にいる時の写真を一枚、一枚だけ撮らせて欲しい。一生の思い出にしたいから。それを全部の終わりにして、二度と近づくつもりはないから。
正気じゃない?そうね。正気じゃないの。だって考えてもみてよ、私が恋したのは十にもならない幼子の時よ。あれから何年たったかわかるでしょう。10年よ、10年。10年間もずっと、ずーっとあなたが好きでいたの。一緒にいた六年間も、空白の三年間も、他の誰にうつつをぬかすこともなく──いいえ、これは少し違うけど、本当なの。私あなたがずっと好きだったけど、あなたが好きな間に他の人に時々、一目惚れしてしまうの。あなたと一緒に過ごした六年と再会してからはないのよ。でも、その三年間、私は何度か同時に二人の男が好きだったわ。ごめんなさい、あまり偉そうなこと言えない。でも、その間も絶えずあなたへの恋を続けていたのは嘘じゃないわ。あなたの顔を忘れたことはない。声も、匂いも、ずっと憶えていたわ。そんなのだから、私、ちっとも正気じゃないの。ずっとあなたに酔っているのね、気づいたら目で追って、声を聞いて、だから、きっと私は知らないとあなたが思っているようなことも、きっと私は知ってるわ。それくらいおかしいの。壊れてるの。もうずっと、10年も壊れたままなのよ。
きっとこのまま離れても、私はずっと壊れたままで、一生直ることはないわ。だから、どうか、一度だけ、お慈悲をくださいませんか?哀れな私にお恵みと思って、ほんのわずかな時間と、あなたの写真を一枚、これだけ。対価を求めるならなんだって払うわ。金でも名誉でも構わない、家族に危害が及ばないようになるべくどうにかできる範囲だと嬉しいけれど、贅沢なことは言わないわ。お願い。
こんなこと言うと乞食みたいね。ごめんなさい。迷惑だったらただ忘れて頂戴、嫌いだと一言教えてくれるだけでいいわ。もうこんなこと、決してしないから。
ねえ、最後だと思って、昔噺を聞いてほしいの。脈絡がないのは容赦して。私ね、幼かった時のあなたのことも、よく見ていたから、よく憶えているわ。あなたはある女の子にずっと好かれていたけれど、一度もその子が好きだとは言わなかった。それに、別の女の子があなたに告白した時、あなたは返事をしなかったでしょう。ちょうど十歳くらいの時だったかしら、ある男の子があなたの隣にいて、あなたに耳打ちして何か訊くのね。ニヤニヤした顔して、あなたは彼の言葉を訊くけれど、「え?」と言って聞き直すばかりで答えなかったわ。だから男の子はさらに大きな声で、何度も何度もあなたに耳打ちした。その時あなたの目の前には、私ともう一人の女の子がいた。男の子はちらちらと私を見ながら耳打ちして、だんだん彼の声が大きくなったから、私たちにも彼が耳打ちする内容が聞こえてきたわ。隣の女の子が、こんなふうに聞こえた、とあなたに言った。私もそれに同意した。けれど、あなたは首を傾げるばかりで答えなかった。聞こえていたけれど、答えなかったわ。
ねえあなた、あなた本当は、幼い頃、私のことが好きだったのではない?私があなたを好きな女の子たちに嫉妬したように、私のことを好きな男の子たちに嫉妬したのではない?行動できないままお別れをして……再会した今、あなたの気持ちがどこにあるにせよ、ただ当時の恋を思い出して、私の名前を呼べないのではないの?あなたは、とても素敵な人に見せているだけで、とても素晴らしい人の見せかけているだけで、本当はただ、昔恋した相手を前に狼狽えて、名前を呼ぶこともできない人。卑怯で、怖がりで、私を遠ざけることしかできない、きっとひどく臆病な人。
それはあなたの名前を頑なに呼ばない、私も同じなのかしら。
To:i
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