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勿忘草
道を歩いているとき何気なく辺りに目をやって、民家の軒先や花壇に
勿忘草が咲いているのを見つけてしまうことほど、私にとって嫌なものは
ない。もっと他に綺麗な花など幾らでもあるだろう、とつい主人に文句を
言いたくなってしまう。私は小心者なので本当に文句を言いに行ったためしはないけれど、その代わり花の前は足早に通り過ぎてしまうのが常だった。
勿論花から目を背けることも忘れない。
有り体に言ってしまえば、私は勿忘草と相対するのが怖いのである。
花を見てしまうと何だか自分の傷を抉られ過去を無理矢理引き摺り出される
ような気がして、その感覚に恐怖を覚えてしまうのだ。
我ながら滑稽な話である。滑稽な話であるが、幾ら滑稽だと思った
ところで私はいつまでも勿忘草に対する恐怖を払拭しきれないでいる。
それはあの、学生だった時の記憶を、私が引き摺り続けている限り、一生
払拭できるはずのない刻印のようなものかもしれない。
最近はそう思うこともある。
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