勿忘草

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 結局のところ、精神科医療の本懐とは精神を「癒す」ことにあり、 「分析する」ことではない。癒すという行為を行う過程で分析が必要に なることはあるだろうが、分析と精神科医療とは断じて同じではない。 そして精神そのものと向き合わぬ限り、精神を癒すことはできない。 私は最近になってようやくそれを理解した。  彼女が衝動的に自殺しようとしているという、私の分析そのものは確かに 正しかった。自殺する少し前から彼女の様子がおかしかったのも、彼女の 精神が自殺願望に引きずられやすい状態になっていたと考えれば説明が つく。しかし、彼女の衝動的な自殺を止めようとするのなら、私はまずその 情動に疑問を投げかけるのではなく、その衝動に向き合い、いかにそれを 抑えていくかを考えねばならなかったのである。    私とは違い、彼女の方は確かにそれをわかっていたように思う。患者の 立場からか、医学生としての立場からかは分からないけれど、死ぬ間際に 彼女は確かにそう指摘していた。あの時彼女の指摘を正しく理解していれば、私は彼女を死なせなくて済んだかもしれない。  彼女に与えられたチャンスを、私は自分で無駄にしたのである。
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