勿忘草

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 彼女と屋上に登った時、もう日は沈もうとしていた。夕日が水平に 差し込んで、視界に入るもの全ての立体感を失わせていた。風もなんだか いつもより強かった。突然強く吹いてはぴたりと止み、また思い出した よう強く吹いては私の体を持ち上げようとする、そんな不穏な風だった。  「何でまたこんな所へ誘ったの。ここは病院でも有数の自殺スポット でしょうに。」と彼女は言った。  それを私は知らない訳ではなかった。病院の屋上などというのは、 どこでも患者たちの自殺が絶えない場所として悪名高い。年に数回は必ず 誰かが屋上から飛び降り自殺した、という話が伝わってくる。病院によって は閉鎖して入れなくしているところもあるくらいだ。  でも、ここしかいい所が思い当たらなかったんだ、と私は返した。 自殺スポットとして悪名高いからこそ、大抵の人は寄り付かない。 だから人になるべく聞かれないで話をするのにこれほど良い場所は ないと思っていたのだ。その返しを聞いて彼女も暗黙の内に私の考えを 理解したようだった。  今でも思う。私はこの時彼女を連れて屋上から降りるべきだった。
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