6人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ 転送
「続いてのニュースをお伝えします。」
「政府は現在60歳の定年を、2025年までに65歳までに引き上げるよう決定致しました。」
「次のニュースをお伝えします。阿法副総理は定例会見で、金融庁の試算により、今後20年から30年老後を生活するにあたり、年金のみでは足りず、別途2,000万円必要であるとの報告があったと発表しました。」
井上巧実は、2階の自室で点けていたテレビを、いらだつようにリモコンの❝電源❞を押し消した。
(馬鹿馬鹿しい。これでどうやって将来に希望を持って働けと言うんだ!何十年と真面目に働いても、老後は年金を受け取れるか分からない。
下手をしたら、死ぬまで働き続けろということか!?一体誰がこんな世の中にしたんだ!)
誰に対して、何に対して怒りをぶつければいいのか分からず、ベッドに寝転び、しばらく天井を見上げていたが、起き上がり1階の台所から飲み物を取りに行こうと部屋を出た。
階段を途中まで降りたところで、階下で話す両親の声が聞こえてきた。
「あなたどうすればいい?巧実はこの頃、大学にも行かないで部屋に籠りっぱなし。たまに出てきても、近所のコンビニに行くくらい。」
「もう大学3年で就職活動もあるっていうのに、一体どうしたら・・・」
母親の嘆くような声が聞こえてきた。
「う~ん。どうしてああなってしまったのか・・・。去年までは大学にもきちんと通っていたのになぁ・・・」
同じように父親の困ったような声も聞こえた。
そう。他人から見れば、自分はいわゆる引き籠もりと呼ばれる存在であろう。思春期も過ぎ、20歳を過ぎたいい大人が、今更ながら引き籠もりになってしまったのだ。
そうなったきっかけは何だったのか。それはアルバイトをしていたスーパーで行われた、忘年会に参加した時のこと。店長から社員まで全員が出席する中、アルバイトでは自分だけが参加した。
そのスーパーは全国各地にあり、業界では大手と呼ばれる存在である。
しかし、そこで働いている従業員の愚痴を、お酒の勢いもあるが、アルバイトの自分は、延々と聞かされてしまったのだ。
「残業しても残業代が出ない。」
「あの店長に気に入られないと、出世は難しい。」
「今の給料では、家のローンを払うだけで精一杯だ。」
就職活動を始めようかと考えていたが、ふと、何のためにそうまでして働くのか?疑問を持ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!