プロローグ 転送

1/3
前へ
/38ページ
次へ

プロローグ 転送

「続いてのニュースをお伝えします。」 「政府は現在60歳の定年を、2025年までに65歳までに引き上げるよう決定致しました。」 「次のニュースをお伝えします。阿法(あほう)副総理は定例会見で、金融庁の試算により、今後20年から30年老後を生活するにあたり、年金のみでは足りず、別途2,000万円必要であるとの報告があったと発表しました。」 井上巧実(いのうえたくみ)は、2階の自室で点けていたテレビを、いらだつようにリモコンの❝電源❞を押し消した。 (馬鹿馬鹿しい。これでどうやって将来に希望を持って働けと言うんだ!何十年と真面目に働いても、老後は年金を受け取れるか分からない。 下手をしたら、死ぬまで働き続けろということか!?一体誰がこんな世の中にしたんだ!) 誰に対して、何に対して怒りをぶつければいいのか分からず、ベッドに寝転び、しばらく天井を見上げていたが、起き上がり1階の台所から飲み物を取りに行こうと部屋を出た。 階段を途中まで降りたところで、階下で話す両親の声が聞こえてきた。 「あなたどうすればいい?巧実(たくみ)はこの頃、大学にも行かないで部屋に籠りっぱなし。たまに出てきても、近所のコンビニに行くくらい。」 「もう大学3年で就職活動もあるっていうのに、一体どうしたら・・・」 母親の嘆くような声が聞こえてきた。 「う~ん。どうしてああなってしまったのか・・・。去年までは大学にもきちんと通っていたのになぁ・・・」 同じように父親の困ったような声も聞こえた。 そう。他人から見れば、自分はいわゆる引き籠もりと呼ばれる存在であろう。思春期も過ぎ、20歳を過ぎたいい大人が、今更ながら引き籠もりになってしまったのだ。 そうなったきっかけは何だったのか。それはアルバイトをしていたスーパーで行われた、忘年会に参加した時のこと。店長から社員まで全員が出席する中、アルバイトでは自分だけが参加した。 そのスーパーは全国各地にあり、業界では大手と呼ばれる存在である。 しかし、そこで働いている従業員の愚痴を、お酒の勢いもあるが、アルバイトの自分は、延々と聞かされてしまったのだ。 「残業しても残業代が出ない。」 「あの店長に気に入られないと、出世は難しい。」 「今の給料では、家のローンを払うだけで精一杯だ。」 就職活動を始めようかと考えていたが、ふと、何のためにそうまでして働くのか?疑問を持ってしまった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加