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第九章 あなたにここにいて欲しい 2
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結局俺は箕島には連絡しなかった。
きっと普通に連絡したほうが自然だって分かってた。けどどうしても最後のひと押しが出来なかった。何度も箕島を画面に呼び出しては消した。なんで出来ないか分からなかった。どうせ行ったら会うに決まってる。けど出来ることなら箕島には会いたくなかった。気落ちしてる箕島の顔なんて見たくなかった。
スーツに着替えて家を出る。
橋下さんに頼まれたものは忘れずに持ってきた。香典だって忘れてない。黒いネクタイも鏡の前で締めてきた。ちゃんと見てやらないと、いつも曲がってしまう。今日はちゃんとして行かないと。
俺は深呼吸して一歩を踏み出す。
告別式が始まる時間に会場に到着した。久保山は有名な場所だし迷うなんてことは考えてなかったが、それでも人の多さに面食らった。まあ、これが普通の人数なのかもしれないけど。
ほとんどが警察関係者だろう。やはり男性が多い。焼香を済まし会場の椅子に座ってる人もいたが、外へ出てくる人もいた。すぐ外へ出てくる人は仕事絡みの付き合いだろう。
もう少し人の波がおさまってから向かおう。俺は最後のお別れの時まで会場にいないといけない。だとしたらあまり早く向かっても待つ時間が無駄に長くなるだけだ。一服しようとぶらつく。
「──龍神会!?」
そう聞こえて俺はふと足を止めた。喫煙所に向かう途中だった。俺は咄嗟に身を潜めた。
妹尾より年下に見える二人が物陰で話をしていた。俺はそのままそっと会話が聞こえる場所まで移動した。
「声が大きいって。それが龍神会と藤原組、両方に情報を流してたって話らしい」
「それが本当ならのんびり葬式なんかやってる場合じゃないだろ?」
「けど藤原組が犯人をさっさと自首させてきたろ? それで手を打ったらしいんだわ。こっちだって不祥事続きじゃ面子が立たねえし」
「だったら二階級特進とかおかしくないか?」
「妹尾さんは黒崎さんの娘を養子にしたろ?」
「ああ、もしかして喪主って黒崎さんの?」
「そう。黒崎さんの時もアレだったし、二度もそんな目に遭わすのはどうかって」
「確かに。しかし不運な娘だな」
「まあな。だからウチの係長なんかもピリピリしてるわ。気をつけろよ」
「納得いかねえけど、子どもに罪はねえからな」
二人は頷き合うと歩き出して行ってしまった。
どういうことだろう。龍神会に情報を流してたって話は橋下さんから聞いてた。アレを情報というのかどうか微妙なとこだけど。けど藤原組ってなんだ? 確か龍神会と敵対する組だ。そこにも情報を流してた? まさか橋下さんみたいなことをしていたとは思えない。今の口ぶりからすると、元藤原組の構成員じゃなくて現役のってことになる。しかも何かがあって殺されたということになる。
そんなことは聞いてない。妹尾は一体なにをしたんだろうか?
しかも〈黒崎〉って誰だ? どうして妹尾が養子にすることにしたんだろう。
俺はその場に立ちすくんだまま動けなかった。
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