第九章 あなたにここにいて欲しい 2

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 それからうろついてみたけれど、何の情報も得られなかった。そろそろ時間的にもいい頃合いだろう。俺は慌てて受付に向かった。  受付には同僚と思われる女性がいた。俺は香典を渡し、名前を記した。そして引換券を渡された。  椅子に座ってる人数は多くはなかった。どうやら顔は出すけどという人が多かったようだ。俺は焼香で並んでる間に、喪主をチラリと見た。若い女性だった。まだ二十歳やそこらに見えた。色白で華奢だった。長い黒髪のサイドだけ後ろで留め、黒いワンピースに小ぶりの真珠のネックレスをしていた。切長の瞳は伏し目がちで、唇は固く結ばれていた。見た感じは物静かなしっかりしたお嬢さんといった風情だった。  妹尾には全く似ていなかった。やはりさっき話していた〈黒崎〉という人の娘なんだろう。娘さんの隣には白髪混じりの眼鏡をかけた男性が座っていた。どこかで見たことがあるような気がする。もしかしたら妹尾の上司かもしれない。妹尾は全く身寄りがなかったんだろうか?  俺は順番が来て、焼香を済ませた。写真の妹尾は腹黒さを全く感じさせないものだった。俺はそのまま喪主に向かって頭を下げた。戻ろうとした時、喪主席の近くに箕島が座ってるのが見えた。向こうも俺に気がついたらしく、立ちあがろうと腰を浮かせたが隣の奴に止められていた。  俺は箕島よりずっと後ろの席に座った。  箕島は喪主の近くに固まって座ってる集団の中にいた。やはり娘の隣にいるのは箕島の上司なんだろうと思った。そこの集団だけぎっちりと固まって座っていて、なんとなく違和感があった。きっと同じ課の仲間なんだろうなと思った。何かを守ってる、そんな気がした。  焼香に訪れる人の足もまばらになってきた。そろそろ最期のお別れの時が近づいてきた。俺は上着のポケットから橋下さんに頼まれた包みを取り出す。  セレモニーの進行役が「最期のお別れです」と告げた。みんな立ち上がって用意された花を手向ける。俺もそれに混じって花を手向けた。誰かが「品物を入れてもいいか?」と進行役に質問していた。進行役は品物を確認すると「どうぞ」と答えた。俺もそれに従って妹尾の棺に入れようとした。すると声がかかった。 「あの、できれば包みから出していただけますでしょうか?」進行役の人だった。 「包みから出して頂いた方が負担が少ないもので」そう言ったが、暗に中身を確認するためだろう。それに確かに焼き場の炉に負担をかけるものもあるし。  布だと説明しようとして、俺はそれをためらった。妹尾はこれが好きだと言っていた。その姿を見せるために、本当は会ってはいけない人と会っていた。ずっと内緒にしていたに違いない。最期くらいそれを認めてもいいじゃないか。  俺は包みを開けるとそれを広げて妹尾のそばに置いた。周りから「え?」と不穏な声があがった。 「布製品なら問題ないですよね?」  俺はにこりとしながら、進行役に話かけた。進行役は引きつった笑顔で「え、ええ」と答えた。俺は一礼すると踵を返した。これで依頼は終了だ。  俺は棺から離れるように歩き始めた。
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