第九章 あなたにここにいて欲しい 2

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**  車は浅間下の駐車場で停まった。どうやらそこで降りるらしい。橋下さんは時計をチラリと見た。そして頷いていた。俺たちもそこで降りた。黙って橋下さんについて行く。橋下さんは裏路地を進んで行った。そしてビルの地下に続く階段を降りて行った。そこにはウッド調の扉があり、橋下さんは躊躇することなく、その扉を開けて店内に入っていった。  店内は薄暗かったが、扉と同じウッド調の落ち着いた店だということはすぐに分かった。奥にカウンター、フロアは広めでテーブル席はそこそこの数あった。カウンターの中には見たこともないような種類の酒の瓶が並んでいた。 「お待ちしてました」カウンターの中から声がかかった。ワイシャツにベストの初老の男性が顔を出す。 「マスター、テーブル席借りるぞ」  橋下さんはそう言って、カウンターからそう離れてない席に座った。奥側は木製のベンチのように繋がっていた。俺は向かい合わせになるような椅子に座る。箕島は橋下さんから少し距離を空けてベンチ席に座った。  カウンターからはマスターがボトルとグラスを銀製のお盆にのせて持ってきた。そして盆ごとテーブルの上に置いた。 「今日は貸切ですから」マスターはそう呟いた。 「悪いな」 「いえ。どうせ今日は忙しくなかったでしょうし。気にしないで下さい」  マスターはそれだけ告げると去って行った。  橋下さんはボトルを手にすると蓋を開け、グラスに少しずつ注いだ。そしてそれを俺と箕島の前に置いた。 「献杯」橋下さんはそう言いながらグラスを掲げた。箕島もグラスを手にそう言った。俺も慌てて真似をする。橋下さんはそれを一気に飲み、箕島も半分ほど飲んだ。俺も少し口に含む。うえっ。氷も入ってないストレートだ。かなりキツく感じた。  橋下さんはさらにボトルから琥珀色の酒をグラスに注いだ。それを見て箕島は眉をひそめた。 「車で来たんだろうが。帰りはぜってえ乗って帰るなよ」 「大倉に迎えに来させるから平気だ」  橋下さんは何食わぬ顔で答えた。そうか、大倉か。今日も左ハンドルだった。大倉なら親父さんの車で慣れてるから平気だろう。  俺はキツさに耐えながら、酒を舐めるように飲む。いっこうに進まないけど。  箕島はグラスを手に橋下さんを睨んでいる。 「──いい加減話せ」 「そう急かすな。あと一杯飲ませろ」  橋下さんはそうすげなく答えると、マスターを呼んだ。  マスターは今度は新しいボトルとアイスペールと水を乗せて持ってきた。そして俺の前にはペットボトルを置いた。 「若い子はハイボールの方が飲みやすいでしょう?」そう言って微笑んだ。確かにそうしてもらえるとありがたい。俺は礼を言った。橋下さんはグラスの酒を一気に飲み干すと、新しいボトルの封を切った。そして黙って箕島に手を差し出した。箕島も黙ってグラスを差し出した。 「水割りか?」 「氷だけでいい」  橋下さんは箕島のグラスに氷を入れ、自分のと共に酒を注いだ。 「──黒崎の話からすることになるが。黒崎は知ってるか?」  橋下さんの問いに箕島は曖昧に頷いた。 「名前だけな。一緒に働いたことはねえ」 「妹尾の相棒だった話は?」 「話だけ聞いてる」  箕島はそう答えると目を伏せた。 「──なんで死んだか知ってるか?」 「噂程度だ。詳しくは知らねえ。妹尾さんからは直接聞いてない」 「まあ、話さねえわな」  橋下さんの答えに箕島はまた顔を上げて橋下さんを睨みつけた。含みのある言い方にカチンときたんだろう。 「テメエは知ってるのかよ?」 「ああ──話を持ちかけた時の頃から知ってる」  橋下さんはまた酒をあおった。話を持ちかけた?
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